前衛アングラ芸人・きぐるいツネちゃん(明智半平太)のブログ「昭和50年代少年のKOTOBASM」

団塊ジュニア世代とも、悲劇の世代ともいわれる昭和48年生まれが管理する、昭和ノスタルジーといまを語るblog。僕たちが生きてきた証のことば。それはイズムそのものである。(明智半平太)

一流悪玉レスラーの条件【ジプシー・ジョー】

たべこさんのブログを拝見していたら、ジグソーのスカイハイのYouTube動画があって、あまりの懐かしさで感動してしまった。スカイハイそれはあのプロレスラー、ミルマスカラスの入場曲でもある。

お笑いスター誕生紳士録【その4・でんでん】

それはいつも「やあ。みんなハッピーかい?」のひとことではじまる。お笑いスター誕生におけるでんでんのネタのことだ。このスタンダップコメディ風のネタで彼は8週勝ち抜き金賞を受賞する。ちなみに10週勝ち抜くとグランプリ獲得である。

北海道放送【特集・昭和なテレビクロージングの世界】

北海道放送(HBC)は、1952年(テレビ部門は1957年)に開局された放送局で、関東では1チャンネルといえばNHKの総合テレビだが、北海道ではHBCが1チャンネルである。

カバ園長とパンダ【ぼくの動物園日記】

テレビニュースでは、上野動物園のパンダの赤ちゃんが産まれたという話題でもちきりだった。もちろんおめでたいニュースには違いないのだが、ちょっと過剰ではないかという気はする。

12チャンネルしか観られないテレビ【東京12チャンネルの話はまだまだつづく】

子どものころ、わが家のテレビには、リモコンがなかった。というか”リモートコントロール”という概念が当時なかった。ではどういうふうにチャンネルを変えたのかというと、テレビ本体についているチャンネルつまみを回して変えていたのだ。

開局【東京12チャンネルの話はまだつづく】

テレビ東京の前身、東京12チャンネルは、昭和39年の4月12日に開局された。当時は日本経済新聞社が経営参加しておらず、運営母体は、財団法人日本科学技術振興財団というところだった。

東京12チャンネル【特集・昭和なテレビクロージングの世界】

テレビ東京は開局時、東京12チャンネルという名前であった。ここで関東出身の昭和50年代少年少女にことわっておきたいのは、われわれは12チャン12チャンと普通にあるものとして呼んでいるが、通用するのは関東のヒトのみなのである。

お笑いスター誕生紳士録【その3・コロッケ】

いまやモノマネ界の大御所のコロッケ。カレがはじめてテレビに登場したのが、「お笑いスター誕生!!」だった。1980年、まだ番組がはじまって間もないころである。当時熊本から上京してきたばかりの20歳であった。

そろそろこの歌の季節だ【ルベッツ・シュガーベイビーラブ】

どうやら今年の夏も暑くなるらしい。そんな中にあっても、せめて音楽ぐらいは涼しげな曲を聴きたいものだ。たとえば間違っても、松崎しげるの「愛のメモリー」みたいなのは止めておきたいもの。

明治の小粒チョコ3兄弟【チョコベビー・アポロ・マーブルチョコレート】

このごろカールが東日本で販売中止になるということで話題になっている。なぜかというと結局はみんな、新登場するポテトチップスなど他のスナック菓子に目移りして、カールに目もくれなかったからということに尽きるのではないだろうか。