前衛アングラ芸人・きぐるいツネちゃん(明智半平太)のブログ「昭和50年代少年のKOTOBASM」

団塊ジュニア世代とも、悲劇の世代ともいわれる昭和48年生まれが管理する、昭和ノスタルジーといまを語るblog。僕たちが生きてきた証のことば。それはイズムそのものである。(明智半平太)

【年代別】1970年代

”不謹慎”を凌駕するほどの美しさ【「サムライ」沢田研二】

いまいちど”ジュリー”という存在を噛みしめてみたいと思う。ときは昭和53年になってまもなきころ。場所は新宿河田町のフジテレビ。このころのジュリーはまさに絶頂だった。

戦争とはニンゲンの本能である【爆撃機ローンサム・レディ号 -広島原爆秘話-】

先日、「あの日 あのとき あの番組 ~NHKアーカイブス~」で、この番組を観た。昭和53年にNHK特集として放送されたものである。すなわち戦後33年ということになる。

明日ホームランを打たせるおみやげ【吉野家】

どうしたことだろう。いつの間にか牛丼屋の勢力図が変わっていた。走る道走る道どこもすき家ばかりではないか。5(すき家):3(吉野家):2(松屋)ぐらいになっていないか。

ひろみち”お兄さん”の終焉【おかあさんといっしょ】

DAIGO。メンタリストのほうではなく、ロックミュージシャンで女優の北川景子と結婚したほうのDAIGO。血筋もいいし、なんとなく人柄もよさも伝わってくるヒトなのだが。ただひとつだけ気に食わないところがある。

はじめて洋楽というものを意識した番組【ひらけ!ポンキッキ】

おもいだしてみると、この番組もふしぎな番組であった。番組をとおして全部つながっているわけではなく、なにがいいたいのかもよくわからない。それでもなぜかみてしまう。それが「ひらけ!ポンキッキ」であった。

歌い手が良くて作詞作曲したヒトがよくてレコード会社が頑張っても売れるとは限らないそれが歌というもの【夏しぐれ】

この画像は、いまでも活躍している、とあるロックバンドの昭和40年代後半に撮ったであろうプロマイドである。こうしてみると、2人はいまでも面影が残っているけれども、もう2人は誰?状態である。

毎日放送【特集・昭和なテレビクロージングの世界】

毎日放送(MBS)は大阪にあるテレビ局である。名前からもわかるとおり、TBSをキー局とするJNNの基幹局であり準キー局でもある。けっこう関東のニンゲンにもなじみのある番組を制作している。「皇室アルバム」はその代表である。

阪急ブレーブスの呪縛を解いた男【上田利治】

阪急(現オリックス)の指揮を執り、1975年から日本シリーズ3連覇を果たした上田利治(うえだ・としはる)氏が死去したことが2日、分かった。80歳。徳島県出身。現役時代は広島でプレー。74年に阪急の監督に就任して黄金時代を築いた。 上田利治さ…

心優しき「まだら狼」【上田馬之助】

悪役レスラーというのは、実は優しいヒトのほうがいい働きをする。逆にベビーフェイスの方は、金に汚いとかそういう裏の顔のあったほうがよかったりする。それがプロレスという一種の見世物の妙味だ。

ゴンからドテチンはわかるがなぜ次がヒネモグラでマンモーなのか【はじめ人間ギャートルズ】

昭和49年に放送されたこの作品も、やはり再放送で観たクチだ。昭和のころは本当に、よくアニメの再放送を民放でやっていたものだった。はじめ人間ギャートルズはまずオープニング曲から鮮烈であった。

白いボールになって【エースをねらえ!】

いまや錦織圭選手の活躍もあって、日本でも注目されているテニス。彼の影響もあって、テニスをやろうという子も増えたのではないだろうか。ただ昭和の時代も多大なる影響力で、テニスをやろうとする子を増やした存在がある。

何故に二人はここに【Kとブルンネン】

仕事で障害者のヒトを風呂に入れるのだが、そのときにいつもラジオをつける。今日もFM横浜を聴いていたのだが、ある曲が流れて、お風呂に入れていたヒトが泣いたので、ついもらい泣きしてしまった。

非情のライセンス【野際陽子】

現実に遭遇して、はじめて気づいた。野際さんでも死ぬのかと。いやなにを当たり前のことをいわれるかもしれないが。それでももうひとつ追加するなら野際さんでも81歳になるのかと。

一流悪玉レスラーの条件【ジプシー・ジョー】

たべこさんのブログを拝見していたら、ジグソーのスカイハイのYouTube動画があって、あまりの懐かしさで感動してしまった。スカイハイそれはあのプロレスラー、ミルマスカラスの入場曲でもある。

カバ園長とパンダ【ぼくの動物園日記】

テレビニュースでは、上野動物園のパンダの赤ちゃんが産まれたという話題でもちきりだった。もちろんおめでたいニュースには違いないのだが、ちょっと過剰ではないかという気はする。

12チャンネルしか観られないテレビ【東京12チャンネルの話はまだまだつづく】

子どものころ、わが家のテレビには、リモコンがなかった。というか”リモートコントロール”という概念が当時なかった。ではどういうふうにチャンネルを変えたのかというと、テレビ本体についているチャンネルつまみを回して変えていたのだ。

そろそろこの歌の季節だ【ルベッツ・シュガーベイビーラブ】

どうやら今年の夏も暑くなるらしい。そんな中にあっても、せめて音楽ぐらいは涼しげな曲を聴きたいものだ。たとえば間違っても、松崎しげるの「愛のメモリー」みたいなのは止めておきたいもの。

てめぇの馬鹿さ加減にはなぁ、父ちゃん情けなくて涙が出てくらぁ!【あばれはっちゃくシリーズ】

子どもの時分における土曜日の19:30。いつも必ずチャンネルを「10」にあわせていた。はじまりはいつも小芝居で、見事にオチが決まったあとに、オープニングテーマは流れる。

瞬間が瞬間をなくす時【瀬戸内シージャック事件】

瀬戸内シージャック事件とは 生まれる前の事件なのだが、犯人が撃たれたときの映像は、子どものころに何度もテレビで観た。日本テレビ系列の放送局が撮った映像なので、同局で不定期に放送された「カメラが捉えた決定的瞬間」だったはずだ。

泣きの美喜子【それは秘密です!!】

雨止んでひと傘を忘る。兎角人間は時の流れに過ぎし日のことを忘れがちなものです。推理と思い出のご対面。それは秘密です!! という桂小金治の名調子でその番組ははじまった。

マイ・ピュア・レディ【小林麻美】

日本におけるテレビCM史のなかで、資生堂のコマーシャルというのは、大きな足跡を残している。今日にいたる資生堂のブランドの力はコマーシャルによってつくられたといっても過言ではあるまい。

ビューティフル・ヨコハマ【タブレット純「音楽の黄金時代」】

今回のタブレット純「音楽の黄金時代」のテーマは、”ご当地ソング”ということなのだが、ご当地ソングというと、関東においてはもう圧倒的に横浜が多い。東京はともかくとして、他の5県は量でいったら束になっても敵わないのであった。

「あたりまえ」それはバカを嘲笑するための大義名分【祭りクジ】

街のお祭りには出店がつきものだ。ベビーカステラとか、それにベビーカステラとか、はたまたベビーカステラとか。そのような出店のなかに、くじ引きというのもある。いくばくかのお金を払ってクジに当たると高価な景品があたるというアレだ。

弟よアニキにたいしてなんて失礼なことをいうのだ【デパートの催物の思い出】

世はゴールデンウイーク。なかには海外旅行に連れていってもらうお子さんなんかもいるようだ。しかしもちろんそういう子ばかりではない。親御さんの都合により、家族でどこか出かけることすらままならない子だっている。

家族で行った思い出の長崎ちゃんぽん【長崎ちゃんぽんリンガーハット】

きのうフジテレビのアウトデラックスでマツコが言っていたのだが、長崎のヒトに東京でオススメのおいしいちゃんぽんが食べられるおいしい店はどこかと聞いたところ、リンガーハットと答えたそうだ。

時代は移り変われど基本はやっぱりこの2つ【カップヌードル&カップスター】

さっこんいろんな即席めんが売られている。このごろではアイデア勝負というのか、味といい具といい、奇をてらったものもスーパーマーケットに行くとよく売られている。そしていつのまにか消えている。

不名誉でもなんでもない【鈴木康二朗】

昭和から平成に変わったばかりのころに、『19XX』(ナインティーン・ダブル・エックス)という深夜番組をフジテレビでやっていた。ある年のヒット曲が流れ、その年にあった出来事を映像で流すという内容だった。

エンディングテーマであるかのようなオープニングテーマ【星の子チョビン】

とくにむかしのアニメのエンディングというのは、エンディングというだけあって、哀愁にみちた歌が多い。だが中にはオープニングまでもが哀愁に満ちているアニメというのも存在する。それが「星の子チョビン」である。

しつけのコーナー【ペギー葉山】

童謡「ドレミの歌」や「南国土佐を後にして」などのヒット曲で知られる歌手のペギー葉山(ぺぎー・はやま、本名=森シゲ子=もり・しげこ)さんが12日午前11時55分、肺炎のため東京都内の病院で死去した。83歳だった。連絡先はキングレコード。お別れの会を…

カルピスが高級品だった時代【カルピス】

いまやカルピスは紙パックに入っていて、ふつうにスーパーマーケットで安く買えるようになった。瓶に入ったカルピスをみたことがないというヒトも多いのではないだろうか。

卒業通り / ブービーズ【ラジオメモ】

今回タブレット純さんの「音楽の黄金時代」のテーマは卒業ソング。放送日は3月25日でもう時期を逸した感があるが。先週にやるはずだったのを、いきなりかえてしまったのだから、いたしかたあるまい。

愛の誕生日【ラジオメモ】

今回のタブレット純さんのラジオ番組「音楽の黄金時代」のテーマは”春のときめき 花咲く歌謡曲”ということ。あともう少しすれば桜も咲いてくる。別れのあとには出会いがやってくる。

300点の王者たち【ボウリングブーム】

そのむかし、昭和45年ごろにはボウリング場が全国に3000以上あったそうだ。現在は800まで減ってしまったが、根強い人気がある。この昭和47年に建てられた相模原パークレーンズもいまだに存在している。

涙をこえて【ステージ101】

今回のタブレット純「音楽の黄金時代」の特集は、”涙をこえて”。3月11日、東日本大震災から6年という日にちなむ。当事者の方にたいして、こえていけというのは難しいハナシだけれども。

あなたの誕生した年の春のセンバツ高校野球入場曲は?【ラジオメモ】

毎週土曜日の夕方にラジオ日本で放送されている、タブレット純さんの番組「音楽の黄金時代」今回は作曲家の平尾昌晃特集。誰が作曲した歌かというのは、なかなかわからないものだが、いざ特集を聴くと名曲ぞろいなのがわかる。

仕事帰りにちょっと寄り道してみたら【光綾公園】

現在の職場は藤沢からバイクで50分弱のところにある。途中綾瀬と海老名というふたつの市をまたいで、座間市まで行く。行きは何があってもいいように、早めに出て、なるべく早くに到着するようにしている。

オリジナルはおれだ!【All By Myself】

街中を歩いていて、コンビニや飲食店などに入ると、むかしに聴いた洋楽のカバーが流れているときがある。なかにはそうやって歌う歌じゃないとか、そういうアレンジは原曲とあわないといいたくなってしまうカバーソングがある。

少女はいったいなにから助けてほしかったのか【老人と子供のポルカ】

子どもの時分、この歌を聴くと怖かった思い出がある。なにかこう子ども心に”老人と子供のポルカ”という歌には不安をつのらせるなにかがあったのだ。歌声なのかメロディーラインなのかはわからないけれども。

ここはどこ?わたしは誰?【能瀬慶子】

正統派アイドルの定義がなにかと問われると答えるのは難しいけれど、ひとつ条件をあげるとするならば、どんなに歌がヘタであっても、笑顔で歌いきれるかどうかではないだろうか。

親衛隊おまえらうっせーんだよ!【大場久美子】

大場久美子は1970年代に活躍したアイドル歌手で、1978年にはTBSのドラマ「コメットさん」の主人公を演じた。このころは小学校にあがるころで、コメットさんは毎週観ていたし、演じていたカノジョも大好きだった。

原作者がお亡くなりになっているのだから物語の結末はファンの想像にゆだねられている【「キャプテン」「プレイボール」の”続編”】

「キャプテン」と「プレイボール」は、それぞれ1970年代にちばあきお先生によって制作された野球漫画である。小学校低学年のときから読んでいた、いちばん大好きな野球漫画であった。

むかしから年寄りくさかったラジオ局【ラジオ日本】

野毛山公園に行ってきた。野毛山公園には展望台があって、横浜ランドマークタワー方面を向くと、すぐそこにラジオ日本の無線基地がみえる。むかしはラジオ関東という名前で、無線基地のあったこの場所に放送局があった。

高木先生と海沼先生【おくさまは18歳】

「おくさまは18歳」は、昭和45年にTBSで火曜19時に放送されたドラマである。非常に人気があったドラマで、何度も再放送された。本放送から10年ぐらいは、けっこうな頻度で再放送していたと記憶している。

海野かつをさんと謎の美女は元気にしているのだろうか【新栄電機のCM】

このCMは小さいころから高校生のときぐらいまで、ずっと流れつづけていた。時間帯は夕方。だいたい日本テレビで、「磯村建設」のCMとよく前後して流れていた記憶がある。それが新栄電機のCMだった。

日本船舶振興会のおじいちゃんは矛盾している【笹川良一】

子どものころに、よく流れていた謎のCMがあった。ふつうCMといえば、なにかを売ろうとか、企業のPRをしようとするものだが、このCMだけは違った。それが日本船舶振興会(現・日本財団)のCMだった

ミユキミユキと何回言ったか数えてみれば【ミユキ野球教室】

ミユキ野球教室というのは、1957年から1990年まで、日本テレビ系列において、日曜日の午前中にやっていた番組である。この番組からスター誕生というのが、いつもの観る流れであった。

オッサンは何故「よっこいっしょ」と言うとき「よっこいしょういち」と言うのか。【横井庄一さん帰還から45年】

オッサンなので、意表をついて「よっこいしょういち」とコトバに出すことがある。いがいとオバアサンに好評だ。オッサンだけど「よっこいしょういち」なんていわねえぞという方は、謝るので許してほしい。床にすりつけるオデコならたくさんあるので。

ウチにあったのかそれとも他人のウチにあったのか【カエルやパンダの子ども用イス】

団塊ジュニア諸君のお宅には、こんなイスがなかっただろうか。ウチにあった気もするし、おなじ年ごろの子のウチにあったのかもしれない。とにかくこのデザインは強烈な印象を脳内に刷り込んでいる。

そういや最近ではスパゲティなんてコトバも使われなくなったけど【スパゲティの呼び方】

最近はスパゲティもパスタと呼ばれるようになった。スパゲティというのは、パスタの種類の一つらしい。本場のイタリアでは、それこそ多くの種類のパスタがあるのだとか。ついついこちらは全部マカロニとスパゲティで分けてしまうのだが。

香港カラテシリーズ【Gメン’75】

Gメン’75はTBSで土曜日の21時に放送されていた刑事ドラマ。8時だよ!全員集合の後にやっていた番組で、その名前のとおり1975年(昭和50年)にはじまったんだ。