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昭和50年代少年のKOTOBASM

団塊ジュニア世代とも、悲劇の世代ともいわれる昭和48年生まれが管理する、昭和ノスタルジーといまを語るblog。僕たちが生きてきた証のことば。それはイズムそのものである。(明智半平太)

君は”暴走戦士”をみたか【ザ・ロードウォリアーズ】

彼らをはじめて観たのは、テレビ東京でやっていた「世界のプロレス」という番組だった。まだ日本に来る前で、海の向こうでの暴れっぷりはかなりのインパクトを与えた。

そうか”新発売”までが商品名だったのか【ケンちゃんラーメン】

よく夕方のテレビ東京で流れていたCMというものがある。それが「ねるねるねるね」と「ケンちゃんラーメン」だ。それもかなりの長い間流れていた。この二つの商品名は、30年経ったいまも脳裡にやきついてはなれない。

平日夕方6時はバカな子どもの時間だよ【テレビ東京の夕方の番組】

子ども時代、関東圏に住んでいなかったヒトには申し訳ない。もしかしたら大阪なんかはやっていたかもしれない。夕方6時にテレビ東京にチャンネルをあわせると、よくホビー関係の番組をやっていた。

試練の道をゆくが男のど根性【うさぎ跳び】

ウサギ跳び。中高生の時分には体育会系の部活ではふつうにやっていたが、いまでもまさかやっていたとは。あるときから関節や筋肉などを痛めるということで、いつからかやらなくなったとおもっていたのだが。

10.19【安部憲幸アナウンサー】

元朝日放送(大阪市福島区)のアナウンサー・安部憲幸(あべ・のりゆき)さんが6日、胃がんのため死去した。71歳。島根県出身。10日、同局のラジオ「おはようパーソナリティ道上洋三です」(月~金曜前6・30)で発表された。 元朝日放送の安部憲幸さ…

わが家はいつもラーマです!【ラーマ奥様インタビュー】

平日の夕方にテレビをみているとそれはよくやっていた。いろんなところに出向いては、街ゆくヒトビトに食べさせて、そこで押阪忍さんがすかさずマイクをむける。ラーマゴールデンソフトのコマーシャル。あの場面ではさすがにマズいとはいえない。

それでもこのヒトが美しいと思ったとき【続・中森明菜】

3回連続になってしまった。けれども書かずにいられないことがある。未成年のころは彼女に興味がなかったが、あるときにふとこのヒトをみて美しいと思ったことがあった。

なぜ金屛風を前にして謝罪会見をしなくてはならなかったのか【中森明菜】

彼女もあの伝説のオーデション番組「スター誕生(日本テレビ)」出身だった。出場したときは、山口百恵の「夢前案内人」を歌っていた。そういえばふたりとも、どこか陰があるところが似ている。

今日も昨日も一昨日も負けてしまったけれど【千葉ロッテマリーンズ】

開幕3連敗。しかもいちばん負けたくない相手に敗れてしまった。オーナーが世界長者番付トップ50に入り、去年マリーンズでいちばん多くのホームランを打った外国人選手を金の力で横取りした福岡ソフトバンクホークスに。これは悔しい。

あれから30年【日本国有鉄道】

国鉄がJRに変わってちょうど30年になる。1987年4月1日にJRになったので、30年前の今日が国鉄最後の日ということになるわけだ。そう、そのむかしは”国有鉄道”があったのである。

WBCテーマ曲のちょっと残念なミュージックビデオ【ジャーニー「セパレイト・ウェイズ」】

WBC(ワールド・ベースボール・クラッシック)が連日盛り上がりをみせている。開催前は日本代表も大会そのものも色んな批判を浴びていたが、フタをあけてみれば、好勝負の連続で、これには野村克也もギャフンというかんじだろう。

”国民的美少女”【後藤久美子】

国民的美少女コンテストといえば、さまざまな女優やタレントを輩出した登竜門であるが、その大本となったヒトがいる。それが後藤久美子だ。通称”ゴクミ”。いまの若いヒトのなかには知らないヒトも多いかもしれない。

先生の匂いはレモンのようだよ僕は知っている【熱中時代】

前回の記事でも書いた、タブレット純さんのラジオ番組「音楽の黄金時代」の平尾昌晃特集のハナシ。幾多もある平尾さんの作曲した歌を聴いていて、子どものころの懐かしい思い出がよみがえった歌。それが一連の「熱中時代」の主題歌である。

春なのにお別れですか【柏原芳恵】

3月といえば卒業式。国によっては9月が卒業シーズンなところもあるが、やはり日本のお別れは春が合っているような気がする。3月に別れがあって、あらたなスタートを桜の咲くころに迎えるという意味でも。

恋・はじめまして【セシルチョコレート】

100円ショップのダイソーに買い物に行くと、むかし懐かしいお菓子によく出会う。明治のサイコロキャラメルはその代表格。あとハウスのプリンミクスなんかもよくみかける。

ニンゲン最後は書いておぼえる【黒板とガリ版】

いまはチョークの消費量がだいぶ減っているのだという。さいきん小学生というのを経験したことがないので、実際にはわからないのだが、黒板を使わなくなったから、チョークの消費量もそれに比例して使われなくなったのだ。

住環境における価値観【大泉滉】

もう鬼籍に入られて20年近く経ったのか。大泉滉は俳優・コメディアンであり、晩年は奥様といっしょに「わてら陽気なオバタリアン」でコントを演じていた。実生活でも恐妻家だったそうだ。

エロを求めて荒野へ立ち入ったあのころ【昭和における”エロ”の入手のしかたについて】

そうあれはまだ平成になる前だった。高校一年生のころだ。どんなにブサイクでモテなくても、男たるものエロスに興味を持つときが平等にやってくる。そしてモテない男子は、探求心のみを抱え荒野をさまようのであった。

まるで食の宝石箱や!【御食事処】

などとまるで彦摩呂のようなことを口走ってしまったのだが。世の中にはなんでも食べさせてくれる御食事処というものが存在する。地方によくみられるが、時代の波にもまれて、その数が少なくなってしまった。

まだ大らかだった時代【真部一男】

ふと観たくなって、YouTubeで将棋関連の動画を検索していたら、羽生善治三冠のNHK杯の軌跡をなぞる映像をみつけた。羽生三冠がNHK杯に初出場したのが昭和61年で、カレがまだ高校1年生のときだった。

万札の束をヒトに投げつける男【杉山治夫】

世の中はお金である。それはまちがいない。ただそれには人間関係というものが付随する。お金というものには、つねに人の存在がつきまとうのものだ。そういうことを考えると出てくる、あるひとりのニンゲンがいる。

自分の学校の先生があの中にいたら・・・【スペースシャトル・チャレンジャー事故】

1986年1月28日。アメリカ合衆国のスペースシャトルチャレンジャー号が射ち上げから73秒後に分解し、7名の乗組員が死亡した事故があった。機体が空中分解したときの煙の柱はいまでも記憶に残っている。

そういやこのごろ、こういうメガネのモサっとしたアナウンサーをみかけなくなった【元フジテレビアナウンサー・陣内誠】

いつごろからだろうか。バラエティー番組なんかをみていると女性のアナウンサーばかりが目立つ。いや報道番組でも、有名なフリーのアナウンサーはともかく、局アナにおいていえば女子アナばかり活躍している。

がんばれ大島!【元・中日ドラゴンズ大島康徳】

オールドファンの間で異論はあるかとおもうが、大島康徳は中日ドラゴンズの名5番バッターである。3番モッカ・4番谷沢・5番大島のクリーンナップに6番が宇野。長打力のみでいえば最強の打線である。

バター使用厳禁のお料理番組【ごちそうさま】

「ごちそうさま」は日本テレビで1971年から1998年まで、平日のお昼に放送された15分のお料理番組である。司会は高島忠夫・寿美花代夫妻。味の素の一社提供だった。

続・”けいし”と”ひでじ”【ホモサピエンスになりきれていないようなオトコを熱烈に愛するオンナ】

だいぶ前のハナシだ。まだ二十代前半だったころ。合同コンパみたいなものに参加した。員数合わせで呼ばれたので、まあ空気を壊さないようにということで、仏壇の鈴のように座布団の上で、おとなしく座っていた。

大海を見た山あいの町の子供たち【池田高校野球部と蔦文也監督】

今年も甲子園がはじまった。しかし日本にはせっかく高校野球という素晴らしいイベントがあるというのに、東京オリンピックをなぜわざわざ夏にやろうとするのだろうか。

”けいし”と”ひでじ”【ホモサピエンスになりきれていないようなヒトたち】

この題名をみて、なおかつ鈴木と加藤だよといわれて、それでピンときたヒトはかなりのオールドプロ野球ファンだ。しかもパリーグまでちゃんとみていたツウなヒトとも言えよう。

通せんぼクイズ【特集・ウルトラクイズ(その3)】

アメリカ横断ウルトラクイズの通せんぼクイズというのは、準決勝で何度か行われたクイズ方式で、第5回(1981年)からはじまった。この最初に行われた第5回の通せんぼクイズが名勝負となる。

質より量の少年時代【チェリオ】

小学校6年のとき、母が最初の商売を、千葉市ではじめた。最初はリサイクルショップで、紆余曲折を経てその後クリーニングの取扱店になった。結局それも紆余曲折あったようで、高校生になるまでに畳んでしまった。

あのビルがなくなるとこんな風景になるのか【船橋のらーめん亭とカレー屋アッサム】

すごい昔っからあった。はじめて国鉄船橋駅から京成船橋駅までの間を歩いたときからあった気がする。そんなことを思い出して、ちょっと調べてみたら、創業40年。ほぼ同い年だった。

キャナリーゼという横文字呼称にたいする違和感みたいなもの【豊洲】

豊洲には幾多の高層マンションがあるが、そこに住む主婦のことを”キャナリーゼ”というのだそうだ。こないだテレビ東京の「アド街ック天国」を観ていたらそういっていた。英語のキャナル(運河)を合わせたものらしい。

唸れウエスタンラリアート!【スタン・ハンセン】

ハンセンのばあい、キャッチフレーズは「不沈艦」よりも「ブレーキの壊れたダンプカー」のほうがしっくりとくる。近眼がゆえにものすごい勢いでリングを猪突猛進する姿は、まさにブレーキが壊れたダンプカーそのものだった。

歌川広重が誘う堕落者への道【東海道五拾三次カード】

若いころはまったく興味がなかったのだが、40すぎてからというもの、応募券を集めれば、もれなくもらえる懸賞にハマっている。こないだもフジパンのバターロールを食べつづけ、ミッフィーのトートバッグをもらった。

月に向かって打て【元ヤクルトスワローズ・大杉勝男さん】

ここは年代によって分かれるところである。大杉勝男は、東映フライヤーズの大杉勝男なのか、ヤクルトスワローズの大杉勝男なのか。昭和48年うまれの管理人が、プロ野球をテレビで観はじめたころには、すでにスワローズのヒトだった。

中学の技術科の授業で作ったそういえば【ラジカセ風のラジオ】

はい。”ラテカセ”に続き、今度は”ラジカセのカセ抜き”だよ。しかも”AMのみ”ってのが素敵。”ラジカセもどき”なら音質がよくて音楽がよく流れる”FMのみ”にしそうなのにね。

なんでも合わせりゃいいってもんでもないのだけれど【ラテカセ】

このラテカセ持っていたよ。中古屋で手に入れたんだとおもう。え。ラテカセってなにかって?ほらラジカセってあるよね。それにテレビがくっついてラテカセっていうのさ。写真をみると真ん中にテレビ画面がついているだろう。

グリコ森永事件の怪人20面相はあの男だ【禁煙パイポのCM】

わたくし事であるが、ただいま禁煙中だ。禁煙治療をしているわけではなく、独力である。そういう状況下で助けてくれるのが、この禁煙パイポなのである。口さみしさをまぎらわせてくれる。

ユーモラスを鉄仮面で隠した男【加藤初】

この歳になってくると、ふとしたときに、まだ若いのにという訃報に接することが多くなる。じぶんが少年だったころ活躍していたスポーツ選手の場合だと、その強健ぶりが目に焼きついているので、感慨深さもひとしおだ。

運命の分岐点「タイガーマスク伝説~覆面に秘めた葛藤~」【ダイナマイト・キッド】

1981年4月23日、衝撃のプロレスラーがデビューした。初代タイガーマスク。コーナーポストに立ち、見たこともないスピードで繰り広げる華麗なファイトは“四次元殺法”と言われ、子供から女性までを魅了した。だがそのマスクの下で、当の本人だけが葛藤…

昇る、昇る、100m!アメリカ大陸も見えるかな?【後楽園ゆうえんち】

後楽園ゆうえんちパンフレットより

昭和の終わりを告げた日

昭和64年1月7日。朝8時になろうとしていたころ。まだ冬休みということもあって、この日の朝は目覚まし時計もかけずに熟睡していた。母親が声をかけてくる。

この悲しみはもっとパパをレスラーとして強くするっ!かならず!!【アブドラ・ザ・ブッチャーとプロレススーパースター列伝】

このマンガが週刊少年サンデーに連載されていたころは、タイガーマスクの全盛期だったんだ。あのころはクラスのみんながプロレスごっこに夢中になっていたのだ。毎週プロレス中継も熱心に観ていた。

山本功児さん安らかにおやすみください

千葉ロッテマリーンズファンにとって忘れられないヒトである。99年から5年間、監督をつとめた。そのあいだAクラスは一度もなかったけれども、2005年日本一の礎を築いたヒトと言っていいだろう。64歳。早すぎる。 DeNAは23日、巨人などでプレ…

行け小林!タイガーの仮面を剥がせ!【小林邦昭】

小学生の頃、プロレスは大変な人気で、金曜日の夜はテレビ朝日で放送された新日本プロレス、土曜日の夕方は日本テレビで放送された全日本プロレスと、毎週必ずといっていいほどチェックしていた。そして昭和56年、小学校3年生のころ、タイガーマスクが鮮…

金賢姫

先日、TBSの特番「テレビ史を揺るがせた100の重大ニュース」を観ていたら、1987年に起きた大韓航空機爆破事件の犯人、金賢姫の密着取材をやっていた。もうあの事件から30年近く経つのだなあと感慨深く観ていた。 大韓航空機爆破事件 当時、彼女は2…

岡田有希子さんが亡くなって30年

さて4月8日は岡田有希子さんの悲しい死から30年。当時の映像なんかをみていると、(亡くなったヒトをあまり悪く言ってはいけないのだが)梨本勝はデリカシーがないなと感じる。それが当時の風潮だったのであろうがレポーターがぐいぐいと押し入ってくる…

66歳になっても村田兆治であり続ける村田兆治

千葉ロッテマリーンズファンとして、このヒトには一度監督をやってもらいたいと願う。それが村田兆治である。現実には以前心筋梗塞を患ってしまってからというもの現場を遠ざかってしまい実現は難しいのだが。 しかしついこないだも千葉で始球式に登場して1…

目の前に映るショーケンだけを信じる【萩原健一】

「実はショーケンが体調不良で降板してドラマも延期になるっていう話が駆け巡って、いくつかの週刊誌は裏取りに動いたそうです。そしたら、真相は体調不良ではなくて、ショーケンが暴れて撮影が飛んだっていうことだったようです。暴れた理由まではわかりま…

まんがはじめて物語

Twitterでちょっとした話題になっていました。毎週観ていました「まんがはじめて物語」は。1978年ですから小学校にあがる前ですね。最初はうつみ宮土理さんがおねえさんだったのもちゃんと覚えています。やはりでも岡まゆみおねえさんなのですよ。いつの間に…