昭和50年代のこども

忌野清志郎と幕張メッセ

子どものころ千葉市に住んでいた。父方の祖父母は東京都板橋区に、母方の祖父母が千葉市のお隣の習志野市津田沼に住んでいて、家族で出かける際は父の運転する車で移動する。そしていつも千葉市の東京寄りの端っこにある幕張を通過していた。

ファミコンのリセットボタン

いまどきのお子さんのゲーム機はどうなっているかわからないが、僕が子どものころに流行っていたファミリーコンピューターには、リセットボタンというものがあった。(冒頭写真の”←コレ”参照)

やはり新幹線といえば0系

古いヤツだとお思われるだろうが、どんなにカタチが変われども、いまはもう走っていなくとも、ずっと僕の心のなかの新幹線というのは0系だったりする。だって昭和に生まれたヒトだもの。

嗚呼…日生学園

なにでこの学校のことを知ったのだろう。ニュース番組の特集だったのだろうか。それともドキュメンタリー番組だったのだろうか。とにかくいえるのは、その当時は高校入学前であり、こんな学校に入ったらイヤだなあということだった。

そんな定岡正二が受けた洗礼

定岡は鹿児島県の出身で、鹿児島実業高校からドラフト1位で読売巨人軍に指名され上京した。素質はあっても、そこは18歳の素朴な若者である。そんな彼が巨人に入団し出会ったのは・・・

定岡

僕より下の世代のヒトだと、このヒトは日本テレビでやっていた、とんねるずの生ダラの”負け犬サダ”のイメージかもしれない。現役のころは観たことないけど、プロ野球選手だったのは知っているみたいな。

みっちゃんみちみち

みなさんはこのような歌をご存じだろうか。 みっちゃん みちみち うんこたれて紙がないから 手でふいてもったいないから たべちゃった

”指スマ”のかけ声について

「指スマ」というのは、複数人で行われるゲームの一つで、参加者が自身の手のひらを向かい合わせにして握りこんだ状態から、掛け声に合わせて一斉に親指を立てた数を「親」が当てるというものである。

カバ園長とパンダ【ぼくの動物園日記】

テレビニュースでは、上野動物園のパンダの赤ちゃんが産まれたという話題でもちきりだった。もちろんおめでたいニュースには違いないのだが、ちょっと過剰ではないかという気はする。

評価などどうでもいい目の前の敵を倒しつづけ愛する人を救うのみ【カラテカ】

”ファミコン”ことファミリーコンピューターは1983年に発売され、またたく間に当時の子どもたちに広まっていった。ゲームセンターで小銭を入れてやっていたゲームもカセットを買ってしまえば、何回でもできる。夢のようなハードだった。

後楽園ゆうえんちで僕と握手!【スーパーヒーロー大集合】

いまや子どものころにあった遊園地は、けっこうな数なくなってしまった。関東地方でいえば、横浜ドリームランド、小山ゆうえんち、多摩テックなどなど。そのむかしはテレビでCMをやっていたものだが。

弟よアニキにたいしてなんて失礼なことをいうのだ【デパートの催物の思い出】

世はゴールデンウイーク。なかには海外旅行に連れていってもらうお子さんなんかもいるようだ。しかしもちろんそういう子ばかりではない。親御さんの都合により、家族でどこか出かけることすらままならない子だっている。

試練の道をゆくが男のど根性【うさぎ跳び】

ウサギ跳び。中高生の時分には体育会系の部活ではふつうにやっていたが、いまでもまさかやっていたとは。あるときから関節や筋肉などを痛めるということで、いつからかやらなくなったとおもっていたのだが。

300点の王者たち【ボウリングブーム】

そのむかし、昭和45年ごろにはボウリング場が全国に3000以上あったそうだ。現在は800まで減ってしまったが、根強い人気がある。この昭和47年に建てられた相模原パークレーンズもいまだに存在している。

ニンゲン最後は書いておぼえる【黒板とガリ版】

いまはチョークの消費量がだいぶ減っているのだという。さいきん小学生というのを経験したことがないので、実際にはわからないのだが、黒板を使わなくなったから、チョークの消費量もそれに比例して使われなくなったのだ。

原作者がお亡くなりになっているのだから物語の結末はファンの想像にゆだねられている【「キャプテン」「プレイボール」の”続編”】

「キャプテン」と「プレイボール」は、それぞれ1970年代にちばあきお先生によって制作された野球漫画である。小学校低学年のときから読んでいた、いちばん大好きな野球漫画であった。

自分の学校の先生があの中にいたら・・・【スペースシャトル・チャレンジャー事故】

1986年1月28日。アメリカ合衆国のスペースシャトルチャレンジャー号が射ち上げから73秒後に分解し、7名の乗組員が死亡した事故があった。機体が空中分解したときの煙の柱はいまでも記憶に残っている。

オッサンは何故「よっこいっしょ」と言うとき「よっこいしょういち」と言うのか。【横井庄一さん帰還から45年】

オッサンなので、意表をついて「よっこいしょういち」とコトバに出すことがある。いがいとオバアサンに好評だ。オッサンだけど「よっこいしょういち」なんていわねえぞという方は、謝るので許してほしい。床にすりつけるオデコならたくさんあるので。

ウチにあったのかそれとも他人のウチにあったのか【カエルやパンダの子ども用イス】

団塊ジュニア諸君のお宅には、こんなイスがなかっただろうか。ウチにあった気もするし、おなじ年ごろの子のウチにあったのかもしれない。とにかくこのデザインは強烈な印象を脳内に刷り込んでいる。

あのビルがなくなるとこんな風景になるのか【船橋のらーめん亭とカレー屋アッサム】

すごい昔っからあった。はじめて国鉄船橋駅から京成船橋駅までの間を歩いたときからあった気がする。そんなことを思い出して、ちょっと調べてみたら、創業40年。ほぼ同い年だった。