野球

星野仙一が嫌いだった理由

いつだったか、とあるお笑いライブで、ある出演者がこんなことをいっていたんだ。「NHKは、”野村・星野・汚い”の略です」って。奥さんのサッチーがお亡くなりになって、ノムさん大丈夫かと思っていたら、まさか星野が先なんてね。

阪急ブレーブスの呪縛を解いた男【上田利治】

阪急(現オリックス)の指揮を執り、1975年から日本シリーズ3連覇を果たした上田利治(うえだ・としはる)氏が死去したことが2日、分かった。80歳。徳島県出身。現役時代は広島でプレー。74年に阪急の監督に就任して黄金時代を築いた。 上田利治さ…

ぼくらのあこがれライオンズ【永射保】

今月24日にあるプロ野球選手がお亡くなりになった。左サイドスローの流麗なフォームから放たれるその球は、レロン・リーやトニー・ソレイタなどの左の強打者をきりきり舞いさせ、ライオンズで12年ものあいだ活躍した。永射保。その人である。

野球中継のおとも【選手名鑑】

いまの時代はインターネットで検索すれば選手の情報というのは得られるが、インターネットがなかった子どもの時分は、この選手名鑑が唯一の情報源であった。ペーパーバックでよければ、本屋にいけばお小遣いていどで買えた。

不名誉でもなんでもない【鈴木康二朗】

昭和から平成に変わったばかりのころに、『19XX』(ナインティーン・ダブル・エックス)という深夜番組をフジテレビでやっていた。ある年のヒット曲が流れ、その年にあった出来事を映像で流すという内容だった。

今日も昨日も一昨日も負けてしまったけれど【千葉ロッテマリーンズ】

開幕3連敗。しかもいちばん負けたくない相手に敗れてしまった。オーナーが世界長者番付トップ50に入り、去年マリーンズでいちばん多くのホームランを打った外国人選手を金の力で横取りした福岡ソフトバンクホークスに。これは悔しい。

10.19【安部憲幸アナウンサー】

元朝日放送(大阪市福島区)のアナウンサー・安部憲幸(あべ・のりゆき)さんが6日、胃がんのため死去した。71歳。島根県出身。10日、同局のラジオ「おはようパーソナリティ道上洋三です」(月~金曜前6・30)で発表された。 元朝日放送の安部憲幸さ…

がんばれ大島!【元・中日ドラゴンズ大島康徳】

オールドファンの間で異論はあるかとおもうが、大島康徳は中日ドラゴンズの名5番バッターである。3番モッカ・4番谷沢・5番大島のクリーンナップに6番が宇野。長打力のみでいえば最強の打線である。

ミユキミユキと何回言ったか数えてみれば【ミユキ野球教室】

ミユキ野球教室というのは、1957年から1990年まで、日本テレビ系列において、日曜日の午前中にやっていた番組である。この番組からスター誕生というのが、いつもの観る流れであった。

続・”けいし”と”ひでじ”【ホモサピエンスになりきれていないようなオトコを熱烈に愛するオンナ】

だいぶ前のハナシだ。まだ二十代前半だったころ。合同コンパみたいなものに参加した。員数合わせで呼ばれたので、まあ空気を壊さないようにということで、仏壇の鈴のように座布団の上で、おとなしく座っていた。

”けいし”と”ひでじ”【ホモサピエンスになりきれていないようなヒトたち】

この題名をみて、なおかつ鈴木と加藤だよといわれて、それでピンときたヒトはかなりのオールドプロ野球ファンだ。しかもパリーグまでちゃんとみていたツウなヒトとも言えよう。

月に向かって打て【元ヤクルトスワローズ・大杉勝男さん】

ここは年代によって分かれるところである。大杉勝男は、東映フライヤーズの大杉勝男なのか、ヤクルトスワローズの大杉勝男なのか。昭和48年うまれの管理人が、プロ野球をテレビで観はじめたころには、すでにスワローズのヒトだった。