タフでなくては生きていけない 優しくなれなければ生きていく資格がない

 

むしろ高橋由美子になにを期待しているの?

品行方正な態度か?それは無理というものだ。このヒトと同世代で、むかしの雑誌なんかで彼女をみてきたヒトのひとりとして想う。あのヒトスジナワではいかない向こうっ気の強さこそが持ち味なのである。

死刑

3月もなかばということで(地下鉄サリン事件がおきたのは95年3月20日)前回の記事で麻原彰晃とオウム真理教について書いたら、そのあとに一連の死刑囚にかんするニュースが報じられた。

麻原彰晃と「全能感」

平成のはじめごろ「とんねるずの生でダラダラいかせて!!」という番組に「麻原彰晃の青春人生相談」コーナーがあった。このちょっと前に、オウム真理教は、真理党という名で選挙に出て全員落選したということもあった。

プロフィール【最終更新日 2018年3月22日】

【ペンネーム】 明智半平太 【本名】 川崎常喜 【生年月日】 昭和48年1月12日 【出身地】 千葉県千葉市 【居住地】 神奈川県藤沢市 【身長】 174cm 【足のサイズ】 27cm 【職業】 団体職員 【資格】 普通自動車免許 自動二輪免許 介護福祉士 アマチュア…

続・大場政夫

大場選手は昭和24年生まれで、うちの父が昭和25年生まれなので、ほぼ同世代ということになる。大場選手は父親がギャンブル好きで貧しい家庭に育ったという。うちの父も貧しい家庭で苦労したらしい。

大場政夫

昭和48年に生まれた僕が、その年の事件・現象などを取り上げてみる新企画。第一回目は”ヒト”を取り上げてみたい。記事名もシンプルに、そのヒトの名前だけにしてみた。みなさんは知っているだろうか。

ふりむかないで

前回書いた”ビバ・エメロン”のコマーシャルの前にやっていたのが、一連の”ふりむかないで”シリーズであった。”ふりむかないで”というのは、ハニー・ナイツが歌うコマーシャルソングの題名である。

ビバエメロ~ン♪ビバエメロ~ン♪きれいな髪のひとがいい~♬

むかしはふつうに使われていたコトバなのだけれども、そもそも”ビバ”ってどういう意味であろうか。調べてみたら、イタリア語で”バンザイ”という意味なのだとか。いまやビバというコトバもビバホームぐらいしか使われなくなってしまったが。

北海道は”異国”

なんていうことを書くとちょっとした誤解を招くおそれがあるが、あくまで排他的な意味ではないので、お許しいただきたい。前回ふりかけの「旅行の友」について書いたが、ブックマークにこのようなコメントがあった。

旅行の友

ふりかけは名前を聞けば味がわかるものがある。代表格は「のりたま」である。そのほかにもシンプルに「たらこ」や「すきやき」なんていうのもある。丸美屋さんかみんな。

実は”うんこ”なんて介護の仕事にとってさしたる問題ではない

介護関係の仕事をするようになってけっこう経つ。名ばかりのポンコツではあるけれど、40過ぎになって介護福祉士の資格もとった。たまにヒトに聞かれることがある。”シモの世話キツくないですか?”と。

さようならがあたたかい

今年も訃報が多い。この歳にもなってくると、子どものころによく観ていたテレビ番組の登場人物の訃報も多く目にするようになる。先日お亡くなりになった左とん平さんもそのひとりだ。

1961年のトランジスタテープレコーダー

写真ではわかりにくいけれども、この”トランジスタテープレコーダー”は当時(1961年)のコマーシャルの情報によると、一辺が約19cm。当時としてはコンパクトサイズであったのだろうが、かなりの大きさだ。いまあるカセットテープをみたらわかる。

漣さん

映画監督・北野武の最大の功績。そのひとつはこのヒトを発掘したことではないだろうか。大げさだろうか。でもそんなことはないとおもう。埋もれていたヒトを見出すということは、自分が光るという、そのさらに上をいくことではないだろうか。

カルビーボテトチップス”キムタクごはん味”

ポテトチップス売り場がものすごいことになっている。ちょっと前には台風の影響でじゃがいも不足とか言っていたのに、復活して今度は47都道府県のご当地名物の味が売られるようになっている。

「だからわたしは北国へ(昭和47年)」チェリッシュ

そうなのだ。チェリッシュといえば男女2人組なのだが、もとは5人組のバンドであった。この2枚目のシングル「だからわたしは北国へ」をさいごにチェリッシュは5人から2人に変わっていく。

僕にいわせりゃ”ちっちぇえ男”っていってるあんたも”ちっちぇえ”【女性専用車両】

僕はふだん満員電車には乗らない。通勤はオートバイを利用している。それに3交代の仕事なので、出勤退勤の時間がいつもちがう。だからこのハナシをすると、どちらの側からも、毎朝満員電車に乗るニンゲンのことを考えろといわれるかもしれないが。

男はみんながみんな美人にだけ魅かれると思うなよ そだねー

あっという間に終わってしまった平昌オリンピック。気づけばたくさんメダルも獲得していた。むかしは一個獲っただけでも大さわぎだったのに。というかトリノのときもそうだったっけ。そだねー。

企業というものの栄枯盛衰

昭和50年というと43年前か。フィルム撮影の料理番組というのはめずらしい。いまの時代4Kなどいって、とにかくきれいにはっきり観えるのがいいというかんじになっているが、はたしてそれほど必要なことなのだろうか。

まだ”ベビー・フェイス”は流さないで

このごろ気になることがある。いつもタモリ倶楽部を観ているヒトならわかるであろう。さいごに来週の予告をやるようになったのだ。あれはどうかとおもう。なにかこうあの番組のよさを一部失わせている気がするのだ。

むかしのテレビ番組にあっていまはないもの②

クイズ番組はいまでも多くやっている。ただむかしはたくさんあったのに、いまやほとんどなくなってしまったものが、クイズ番組というジャンルにある。こうなったせいで、テレビに夢みたいなものがなくなったといっても過言ではあるまい。

むかしのテレビ番組にあっていまはないもの①

子どものころは当たり前のように観ていたけど、いまおもえばすごかったのだなあというもの。それが8時だよ全員集合である。なにがすごいのか。まずはこの動画を観てほしい。

ファミコンのリセットボタン

いまどきのお子さんのゲーム機はどうなっているかわからないが、僕が子どものころに流行っていたファミリーコンピューターには、リセットボタンというものがあった。(冒頭写真の”←コレ”参照)

ルックチョコレート

不二家と聞くと、根拠はないのだけれど、高級感を感じてしまう。実は値段は庶民的なのだけれども、洗練されたイメージがあるのだ。パッケージデザインからして、他とはちがう。

脳裡の奥にしまってあったメロディーライン

少年だったころ、どこかで聴いた曲で、歌の題名も歌い手の名前もわからないけれども、メロディーラインだけが印象に残っている歌というのがある。詳細は知る由もない。

25年後の〇〇〇

「25年後のサザエさん」いつごろの”25年後”かはわからない。とにかくカツオとワカメとタラちゃんが、タイムマシンに乗ってやってきた。磯野家の外観はまったく変わってはいない。

やはり新幹線といえば0系

古いヤツだとお思われるだろうが、どんなにカタチが変われども、いまはもう走っていなくとも、ずっと僕の心のなかの新幹線というのは0系だったりする。だって昭和に生まれたヒトだもの。

宇宙旅行に行けるようになる日

小学生のころ、NHK総合テレビで18時から、「600こちら情報部」という児童向けの情報バラエティ番組があった。そうなのだ。あのころのこの時間帯は、大人たちが観るようなニュース番組の時間ではなかったのだ。

”あれ”から13年

TBSに現存する最古の映像資料。それが昭和33年10月31日に放送された「サンヨーテレビ劇場」のドラマ「私は貝になりたい」である。そしてドラマ終了後に、生放送でコマーシャルが流れた。

嗚呼…日生学園

なにでこの学校のことを知ったのだろう。ニュース番組の特集だったのだろうか。それともドキュメンタリー番組だったのだろうか。とにかくいえるのは、その当時は高校入学前であり、こんな学校に入ったらイヤだなあということだった。