前衛アングラ芸人・きぐるいツネちゃん(明智半平太)のブログ「昭和50年代少年のKOTOBASM」

僕たちが生きてきた証のことば。それはイズムそのものである。

日本人男性にはこのヒトが「好き」かこのヒトを「嘲笑するフリをする」かの2タイプしかいない【稲田朋美】

だからおそらく一回お休みしたとしても、また忘れたころに、シラッと要職についていて、国民も受け入れるとおもう。それぐらいこのヒトのことが心底嫌いという日本人男性はいない気がする。

銀のエンゼル5枚あつめて【森永チョコボールとおもちゃのかんづめ】

誰もが知っているけど、持っているヒトをみたことがないもの。そのうちのひとつが「おもちゃのカンヅメ」ではないだろうか。もらったことがあるヒトも、いるにはいたのだろうけれども、だからといってもらったと自慢するものでもなかったりする。

堀江貴文(ホリエモン)の”ヒトラーTシャツ”【本文とは関係ないがライブドアオートのCMが大好きだった】

このホリエモンの着ているTシャツが問題になっているらしい。それより問題になっているヒトも混じっているような気もするが、ひとまずそれは置いておく。出演番組のNHK総合「ごごナマ」では番組中アナウンサーが謝罪したのだとか。

最低ジョン・レノン【ビートルズから始まるメモ】

毎週聴いているラジオ番組に、bayFMで日曜日18時からやっている「ビートルズから始まる。」というのがある。パーソナリティは小林克也で、ビートルズのエピソードコーナーというのがある。

視聴率を一般公開するのは止めてしまえばどうだろう【ウンコな批判をなくすために】

視聴率とは、あるテレビ番組をその地区のテレビ所有世帯のうち、何パーセントが視聴したかを表す推定値である。一般に公表される視聴率というのは、世帯ごとのものである。

日曜日朝、TBSの教養番組【真珠の小箱】

日曜日の朝、早くに起きてテレビをつけTBSにチャンネルをあわせると、いつもの朝とは違った風景がみえる。間違ってかなり早く起きると「時事放談」、少し早いと「真珠の小箱」、早いといえない時間に起きると「兼高かおるの世界の旅」という風に。

拝啓、日本介護福祉士会会長・石本淳也さま【もういっちょ介護福祉士受験資格のハナシ】

そもそも介護福祉士の受験資格に、従来の実務経験3年にくわえて、実務者研修450時間をとしたのは、国側のヒトからではなく、日本介護福祉士会側からの要求である。

歌い手が良くて作詞作曲したヒトがよくてレコード会社が頑張っても売れるとは限らないそれが歌というもの【夏しぐれ】

この画像は、いまでも活躍している、とあるロックバンドの昭和40年代後半に撮ったであろうプロマイドである。こうしてみると、2人はいまでも面影が残っているけれども、もう2人は誰?状態である。

もったいないおばけ【公共広告機構】

今日7月7日は、公共広告機構(現・ACジャパン)のできた日なのだそうだ。「国民の公共意識を高めることを目的」とした民間団体ということなのだが、名前は知っていてもいがいとその目的は知らなかったりする。

会長だったらあんたが一度やってみればいいよ【介護福祉士の受験資格】

介護福祉士の志望者が去年から半減したそうだ。なぜかというと今年から受験資格が厳しくなったからである。介護福祉士をやっている者としては、すでに資格を持っているから関係ないでは済まされない。

スター誕生でスターになれずに【徳永英明】

先日とある歌番組を観ていたら徳永英明が出て話していたのだが、もし25歳になるまでにデビューできなかったら、夢をあきらめて勤め人になるという約束を親としていたそうだ。そしてカレは24歳10か月というギリギリセーフのタイミングで幸運をつかんだ。

毎日放送【特集・昭和なテレビクロージングの世界】

毎日放送(MBS)は大阪にあるテレビ局である。名前からもわかるとおり、TBSをキー局とするJNNの基幹局であり準キー局でもある。けっこう関東のニンゲンにもなじみのある番組を制作している。「皇室アルバム」はその代表である。

つばめを動かす人たち【特急つばめ】

またプロ野球のハナシで恐縮だが、ヤクルトスワローズという球団がある。スワローの和訳はつばめである。タイガース(虎)やドラゴンズ(竜)など他の球団のチーム名は強そうなのに、なぜヤクルトはつばめなのか。

阪急ブレーブスの呪縛を解いた男【上田利治】

阪急(現オリックス)の指揮を執り、1975年から日本シリーズ3連覇を果たした上田利治(うえだ・としはる)氏が死去したことが2日、分かった。80歳。徳島県出身。現役時代は広島でプレー。74年に阪急の監督に就任して黄金時代を築いた。 上田利治さ…

シュガーをレスっていないガム【チウインガム】

前回、トライデントシュガーレスガムの話をしていて思い出した。あのころはシュガーレスのガムって珍しかったのだなあと。それがいまではコンビニどころかスーパーでもシュガーレスガムであふれかえっている。

心優しき「まだら狼」【上田馬之助】

悪役レスラーというのは、実は優しいヒトのほうがいい働きをする。逆にベビーフェイスの方は、金に汚いとかそういう裏の顔のあったほうがよかったりする。それがプロレスという一種の見世物の妙味だ。

ゴンからドテチンはわかるがなぜ次がヒネモグラでマンモーなのか【はじめ人間ギャートルズ】

昭和49年に放送されたこの作品も、やはり再放送で観たクチだ。昭和のころは本当に、よくアニメの再放送を民放でやっていたものだった。はじめ人間ギャートルズはまずオープニング曲から鮮烈であった。

ぼくらのあこがれライオンズ【永射保】

今月24日にあるプロ野球選手がお亡くなりになった。左サイドスローの流麗なフォームから放たれるその球は、レロン・リーやトニー・ソレイタなどの左の強打者をきりきり舞いさせ、ライオンズで12年ものあいだ活躍した。永射保。その人である。

50年後の未来とイケダハヤトさんの話【特集・未来予想図】

2061年。おそらくこの世にはいないから、たしかめようがないのだけれど。とりあえず”空飛ぶ自動車”はできそうなかんじがまったくしない。はたして人工知能搭載の自動運転の車は誕生するのであろうか。

白いボールになって【エースをねらえ!】

いまや錦織圭選手の活躍もあって、日本でも注目されているテニス。彼の影響もあって、テニスをやろうという子も増えたのではないだろうか。ただ昭和の時代も多大なる影響力で、テニスをやろうとする子を増やした存在がある。

ザコモヒカンの想いを届ける男【千葉繁】

みなさんは千葉繁というヒトをご存じだろうか。職業は声優。ああ知ってるよ、「ONE PIECE」のバギーだろう?たしかに。「うる星やつら」のメガネの声のヒトでしょう?ってなんでそこを突く。

何故に二人はここに【Kとブルンネン】

仕事で障害者のヒトを風呂に入れるのだが、そのときにいつもラジオをつける。今日もFM横浜を聴いていたのだが、ある曲が流れて、お風呂に入れていたヒトが泣いたので、ついもらい泣きしてしまった。

おまえらやってることが”アレ”といっしょだな【豊田商事事件】

仮想通貨という”しくみ”がある。いわゆる法定通貨に対して、特定の国家による価値の保証を持たない通貨のことだ。これに投資するだけで、働かずして、莫大な利益を得ることができる、”こともある”。

一回立ち止まってそもそもなんなのか考えたい【冷やし中華】

先日TBSで放送されている「マツコの知らない世界」を観ていたら、冷やし中華についてやっていた。今回の放送について、さまざまな冷やし中華にたいする想いのようなものが噴出してしまったので、文章として残しておきたい。

これが関東UHFの世界だ【純子のカラオケ道場】

昭和39年、東京12チャンネルの開局によって、VHFの1から12までのチャンネルはすべて埋まってしまった。だが。まだテレビで使える周波数帯があった。それがUHFだ。

2017年7月 出演お笑いライブスケジュール

「ピンのピン」2017年7月7日(金)【開場】18:40【開演】19:00【料金】500円【場所】スタジオシェイプレス【出演】MC:日の丸じゃぱ男 ぷるるん金子毒舌大臣 ソシコ マザー・テラサワ メルヘン須長 ルネ岩田 アンテンイタツキ伊藤 しゃこ 星…

おいしいシウマイ【崎陽軒のシウマイ】

横浜で食べ物といったら、なにを思い浮かべるであろうか。じつは焼売しかないというのが、ほんとうのところではないだろうか。それぐらい関東のニンゲンは、崎陽軒のCMに洗脳されている。

非情のライセンス【野際陽子】

現実に遭遇して、はじめて気づいた。野際さんでも死ぬのかと。いやなにを当たり前のことをいわれるかもしれないが。それでももうひとつ追加するなら野際さんでも81歳になるのかと。

野球中継のおとも【選手名鑑】

いまの時代はインターネットで検索すれば選手の情報というのは得られるが、インターネットがなかった子どもの時分は、この選手名鑑が唯一の情報源であった。ペーパーバックでよければ、本屋にいけばお小遣いていどで買えた。

アイドルの結婚について【おニャン子クラブ】

AKB48の第9回選抜総選挙というイベントで、須藤凜々花というヒトがスピーチで結婚宣言をしたということで話題になっている。それにたいして、会場の外にかけつけたという”都内在住の40代男性”のコトバが興味深い。

一流悪玉レスラーの条件【ジプシー・ジョー】

たべこさんのブログを拝見していたら、ジグソーのスカイハイのYouTube動画があって、あまりの懐かしさで感動してしまった。スカイハイそれはあのプロレスラー、ミルマスカラスの入場曲でもある。

お笑いスター誕生紳士録【その4・でんでん】

それはいつも「やあ。みんなハッピーかい?」のひとことではじまる。お笑いスター誕生におけるでんでんのネタのことだ。このスタンダップコメディ風のネタで彼は8週勝ち抜き金賞を受賞する。ちなみに10週勝ち抜くとグランプリ獲得である。

北海道放送【特集・昭和なテレビクロージングの世界】

北海道放送(HBC)は、1952年(テレビ部門は1957年)に開局された放送局で、関東では1チャンネルといえばNHKの総合テレビだが、北海道ではHBCが1チャンネルである。

カバ園長とパンダ【ぼくの動物園日記】

テレビニュースでは、上野動物園のパンダの赤ちゃんが産まれたという話題でもちきりだった。もちろんおめでたいニュースには違いないのだが、ちょっと過剰ではないかという気はする。

12チャンネルしか観られないテレビ【東京12チャンネルの話はまだまだつづく】

子どものころ、わが家のテレビには、リモコンがなかった。というか”リモートコントロール”という概念が当時なかった。ではどういうふうにチャンネルを変えたのかというと、テレビ本体についているチャンネルつまみを回して変えていたのだ。

開局【東京12チャンネルの話はまだつづく】

テレビ東京の前身、東京12チャンネルは、昭和39年の4月12日に開局された。当時は日本経済新聞社が経営参加しておらず、運営母体は、財団法人日本科学技術振興財団というところだった。

東京12チャンネル【特集・昭和なテレビクロージングの世界】

テレビ東京は開局時、東京12チャンネルという名前であった。ここで関東出身の昭和50年代少年少女にことわっておきたいのは、われわれは12チャン12チャンと普通にあるものとして呼んでいるが、通用するのは関東のヒトのみなのである。

お笑いスター誕生紳士録【その3・コロッケ】

いまやモノマネ界の大御所のコロッケ。カレがはじめてテレビに登場したのが、「お笑いスター誕生!!」だった。1980年、まだ番組がはじまって間もないころである。当時熊本から上京してきたばかりの20歳であった。

そろそろこの歌の季節だ【ルベッツ・シュガーベイビーラブ】

どうやら今年の夏も暑くなるらしい。そんな中にあっても、せめて音楽ぐらいは涼しげな曲を聴きたいものだ。たとえば間違っても、松崎しげるの「愛のメモリー」みたいなのは止めておきたいもの。

明治の小粒チョコ3兄弟【チョコベビー・アポロ・マーブルチョコレート】

このごろカールが東日本で販売中止になるということで話題になっている。なぜかというと結局はみんな、新登場するポテトチップスなど他のスナック菓子に目移りして、カールに目もくれなかったからということに尽きるのではないだろうか。

てめぇの馬鹿さ加減にはなぁ、父ちゃん情けなくて涙が出てくらぁ!【あばれはっちゃくシリーズ】

子どもの時分における土曜日の19:30。いつも必ずチャンネルを「10」にあわせていた。はじまりはいつも小芝居で、見事にオチが決まったあとに、オープニングテーマは流れる。

お笑いスター誕生紳士録【その2・山田康雄】

日本テレビ「お笑いスター誕生!!」を語るうえで、やはりこのヒトの存在は外せない。中尾ミエとともに、6年半の番組放送期間のあいだ、ずっと司会をつとめた山田康雄だ。

この銭湯行ったことある!【可愛かずみ】

YouTubeをなにげなくみていたら、ひょうきん族の動画をみつけた。ひょうきんベストテンが懐かしい。そしてこのコーナーで中森明菜の歌といえば、可愛かずみさんである。いま観てみると実は彼女、歌が上手だったのだなあ。

悪い地球人にさらわれた母親を探しに男装して来た宇宙人【スターボー】

という”設定”の3人組グループがいた。その名をスターボーという。1982年「ハートブレイク太陽族」という曲でデビューした。ちなみに宇宙からきたので日本語が話せない。

タカラホテル【特集・昭和なテレビクロージングの世界】

そのむかし、テレビ朝日はNETと名乗っていた。いまでは信じれないが、最初は教育番組専門のテレビ局だったのである。だからNET(Nippon Educational Television)なのだ。

無思想のブス【しのざき未知】

フジテレビの「ものまね王座決定戦」において、彼女の存在は賛否両論あるであろう。かくいう当ブログ管理人も、あまりものまねを逸脱して笑いをとる出演者は笑えないタイプである。ものまねはものまね。ネタはネタで別の企画でみたいのだ。

続・ワイドショーの申し子【松田聖子】

ワイドショーと松田聖子でさらに思い出すのが、1985年の郷ひろみとの破局における会見である。郷に「生まれ変わったら一緒になろうね」と言われたというハナシは有名である。それに対して郷は言った。

ワイドショーの申し子【松田聖子】

80年代という時代は、テレビワイドショーの爛熟期であった。それはすなわち末期には腐りかけていたということにもなるのだが。ハナっから腐っていたのかもしれない。そのようなワイドショーを松田聖子というヒトはうまく渡り歩いていた気がする。

瞬間が瞬間をなくす時【瀬戸内シージャック事件】

瀬戸内シージャック事件とは 生まれる前の事件なのだが、犯人が撃たれたときの映像は、子どものころに何度もテレビで観た。日本テレビ系列の放送局が撮った映像なので、同局で不定期に放送された「カメラが捉えた決定的瞬間」だったはずだ。

泣きの美喜子【それは秘密です!!】

雨止んでひと傘を忘る。兎角人間は時の流れに過ぎし日のことを忘れがちなものです。推理と思い出のご対面。それは秘密です!! という桂小金治の名調子でその番組ははじまった。