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前衛アングラ芸人・きぐるいツネちゃん(明智半平太)のブログ「昭和50年代少年のKOTOBASM」

団塊ジュニア世代とも、悲劇の世代ともいわれる昭和48年生まれが管理する、昭和ノスタルジーといまを語るblog。僕たちが生きてきた証のことば。それはイズムそのものである。(明智半平太)

そういう観かたでテレビを鑑賞して楽しい?【ドラマ「A LIFE」】







 

木村拓哉が主演のはずが?出番激減で「A LIFE」第6話が最高視聴率 - エキサイトニュース(1/2)

 よくぞここまで並べたてたものだ。この手の媒体の書き手というのは、ほんとうに視聴率を根拠に批判するのが好きだよなというのが正直な感想である。

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 いまやヒトビトのテレビジョン鑑賞スタイルというものが多様化しているなかで、視聴率に固執するというのは前近代的としかいいようがない。視聴率なんていうのは、ごく一部のニンゲンがリアルタイムで鑑賞したというデータでしかないというのに。

 そうであろう。夜の9時という時間帯だ。日曜日も仕事だというヒトだっていまや多くいるだろうし、そうでなくても忙しいヒトもいる。家事などやるべきことを片づけないといけないヒトもいるだろう。

 生活様式は昔とくらべて多様化している。そんななかごはんを食べて、お風呂に入って、さあのんびりしようということで、録画しておいたドラマを楽しむヒトはたくさんいるはずだ。

 ましてやいまの時代、インターネットで前回までのストーリーが観られるようになった。むかしとちがって、見逃したから以降観るのを断念するということも少なくなった。

 つまりはだ。俳優のせいで視聴率の高低に影響が出たなどというのは、根拠のとぼしい、ちゃんちゃらおかしなハナシなのだ。なおかつそんな表面上の数字でドラマの良し悪しを語るのはこれまた滑稽なのである。

 そもそもそんな批判ありきで、重箱の隅をつつくような言いがかりをつけるためにテレビを観て、なにが楽しいというのだろう。もし仕事ということで、ひらきなおってこのライターが書いているのなら、載せる媒体も罪づくりとしかいいようがない。

 なぜか。それは小金ごときをもらって書いている本人にとっても、社会にとっても生産性がまるでないからだ。

 今日のところはこれまで。ごきげんよう。この呼吸が続く限り、僕は君の傍にいる。