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昭和50年代少年のKOTOBASM

団塊ジュニア世代とも、悲劇の世代ともいわれる昭和48年生まれが管理する、昭和ノスタルジーといまを語るblog。僕たちが生きてきた証のことば。それはイズムそのものである。(明智半平太)

一発屋の覚悟を決めた者の開き直り【ピコ太郎】







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 なかなか一つのネタフレーズを流行らせたあとに続けるものを作ることは難しい。そして流行がとぎれた後かならずといっていいほど、それみたことかとディスるニンゲンが出てくるのであった。

  いまをときめくピコ太郎も、PPAPに続くネタは作れないでいる。こうなってくると、話題になるうちに稼いでおこうということになる。きのうも芸能ニュースにおいて武道館ライブをやったことが話題になっていた。

 PPAPだけで武道館ライブができるのかとおもったら、五木ひろしをはじめ各界の著名人が登場したそうだが、これはもはやピコ太郎に協力するというより、たかれるときにたかっておこうというかんじだ。出演者はもとより主催者も。

 ハイエナは腐肉にたかるというけれども、このばあいはハイエナっぽいファッションのピコ太郎にたいして、腐肉がたかっている。といったら言い過ぎだろうか。言い過ぎだ。

 なんでこんな比喩を考えついたのかというと、ソフトバンクのCMを観たからであろう。ジャスティンビーバーも出ているあのCMだ。ジャスティンビーバーといえば、ピコ太郎を”見出した”ことでも知られている。


ソフトバンク CM SUPER STUDENT 「学校」篇A (60秒)

 このCMはとにかくまず、ジャスティンに粗相がないようにつくられている。仲良さげな高校生カップルでさえ引き離して、彼女のほうがジャスティンを追っかけていくという、いささか鼻につく演出もふくめて。

 いちおうピコ太郎と”共演”というかんじになっているが、CM中どんどん前にすすんでいくジャスティンにたいして、途中でジャスティンを追いかける生徒たちに飲み込まれていくピコ太郎。現実をつきつけられた感じだ。

 しかし観ていると、いったいソフトバンクがなにを売りにして訴えたいのかも見失ってしまうのであった。基本的にあの会社のCMっていろんな芸能人を登場させて話題を作るから、瞬間のインパクトはあるのだけれど。今回学割か。関係ねえや。

 今日のところはこれまで。ごきげんよう。この呼吸が続く限り、僕は君の傍にいる。