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昭和50年代少年のKOTOBASM

団塊ジュニア世代とも、悲劇の世代ともいわれる昭和48年生まれが管理する、昭和ノスタルジーといまを語るblog。僕たちが生きてきた証のことば。それはイズムそのものである。(明智半平太)

300点の王者たち【ボウリングブーム】







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 そのむかし、昭和45年ごろにはボウリング場が全国に3000以上あったそうだ。現在は800まで減ってしまったが、根強い人気がある。この昭和47年に建てられた相模原パークレーンズもいまだに存在している。

 


 そういえば小学生のころ、学校でこのような昭和40年代テイストあふれるミニ映画をよく観させられた記憶がある。いまの子どもたちはこんなフイルムで撮影されたミニ映画など観たこともないだろう。

 父が好きだったのだが、はじめてボウリング場に行ったときには、まだスコアも手書きだったのをおぼえている。まさにこのミニ映画に出てくるボウリング場といっしょでなんの飾りっ気もないようなところだった。

 いまは電光掲示板があって、ターキー(3回連続ストライク)をとると、ピカピカな演出で祝福してくれる。もちろんスコアもその掲示板に表示される。ということは、会場にいるヒトみんなにスコアがバレてしまう。なんとも痛しかゆしなのであった。

 気になるのだが、あのボウリング場の目印であるでっかいピンは、閉館されたばあいどのように処理されるのであろうか。ボウリング場じたい減っているのだから、リサイクルもできないし。

 今日のところはこれまで。ごきげんよう。この呼吸が続く限り、僕は君の傍にいる。