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前衛アングラ芸人・きぐるいツネちゃん(明智半平太)のブログ「昭和50年代少年のKOTOBASM」

団塊ジュニア世代とも、悲劇の世代ともいわれる昭和48年生まれが管理する、昭和ノスタルジーといまを語るblog。僕たちが生きてきた証のことば。それはイズムそのものである。(明智半平太)

「あたりまえ」それはバカを嘲笑するための大義名分【祭りクジ】







 

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  街のお祭りには出店がつきものだ。ベビーカステラとか、それにベビーカステラとか、はたまたベビーカステラとか。そのような出店のなかに、くじ引きというのもある。いくばくかのお金を払ってクジに当たると高価な景品があたるというアレだ。

  子どものころに、親から教わらなかっただろうか。出店にいるヒトというのはテキ屋といって、いわゆる”カタギのヒトではないヒト”である的なことを。そこからわれわれはああいうクジがインチキであると察するわけだ。


 その”インチキ”をわざわざ大金を払って証明しようとする酔狂なヒトがあらわれた。ヒカルさんというユーチューバーだ。ユーチューバー、日々進化している。どう進化しているのかは、メンデルではないので証明はできないけれども。

 クジの出店のおっさんもまさかこんなヒトが現れるとは思いもよらなかったであろう。このようなクジなんて、だいたいのヒトがインチキだとわかっている。ただごく一部のわかっていないヒトをカモにしているだけなのだ。

 そのカモをみて、”インチキなのは当たり前”だとわかっているヒトは、”だまされるヤツが悪い”と嘲笑するか、見て見ぬふりをするのだ。テキ屋だってずっとそこにいるわけではない。またどこかに流れていく。そしてそのインチキの罪は不問にされるのだ。

 動画のなかに、くじを引いているヒカルさんに「希望だ」などと声をかけている子どもがいるが、底意地が悪いことをいう。きみ、わかっているのだろうにインチキなのはハナっから。それをおだてて乗せようとしているのだから罪ぶかい。

 今日のところはこれまで。ごきげんよう。この呼吸が続く限り、僕は君の傍にいる。