タフでなければ生きて行けない。優しくなれなければ生きている資格がない。

それでも生きて帰ってくる

 非常に大きな台風がやってくるらしい。関東地方に直撃する可能性のある10月22日の日曜日は、12時半から22時まで勤務なのである。ご存じのかたはご存じであろうが、施設介護の仕事に従事しているので、なにがあろうと出勤しなくてはならない。

 

 

 そういえば何年か前に”プロブロガー”イケダハヤトさんのブログ記事にこういうのがあった。

「10年に1度の台風」のなか、社員に出社させる会社は「ブラック企業」だ : まだ労働で消耗してるの?

 

「どうしても会社に行かなければならない仕事」というのも、世の中には存在するのでしょう。が、そうした仕事が存在する企業、そして社会は不健全であることに気付くべきです。

 

 そうはいってもだ。世の中にはその”不健全”という穴を埋めるため、ときには体を張らないといけない、台風であろうが這ってでもこなくてはいけない仕事というのもあるのだ。世の中は一人では生きていけない。ハンデを持ったヒトならなおさらである。

 

 日曜日のお昼どき、多くのヒトは休んでいるであろう。台風であったなら、家の中にひそんでいるにちがいない。そっと窓から外を眺めてみるとこの台風の中、カッパを着てスクーターに乗って仕事に行くやつがいる。

 

 それをみたヒトは、かたわらにいる幼い子に、ああいう大人になったらダメですよと言うかもしれない。その職業が必要であるかどうかと、なりたいかどうかというのはあくまで別問題なのである。

 

 よく台風というと、かならずこういうヒトの存在が、ニュースで報じられる。”暴風雨のなか、田んぼをみにいって遭難するヒト”だ。毎度のように報じられているというのに、そういうヒトの存在は後を絶たない。

 

 こういうヒトの存在を目撃するにつけ、生業というのは神から与えられし使命なのだなと思わされる。”命を使う”のである。大げさといっては大げさだが。とにかく台風をくぐりぬけ、生きてアパートに帰ってこよう。

 

 しかし通勤中になにかあったら、労災って下りるのだろうかこういうばあい。

 

 今日のところはこれまで。ごきげんよう。この呼吸が続く限り、僕は君の傍にいる。