前衛アングラ芸人・きぐるいツネちゃん(明智半平太)のブログ「昭和50年代少年のKOTOBASM」

団塊ジュニア世代とも、悲劇の世代ともいわれる昭和48年生まれが管理する、昭和ノスタルジーといまを語るblog。僕たちが生きてきた証のことば。それはイズムそのものである。(明智半平太)

「戦争に行く男」「戦争に行かせる男」








マツコ、「男女平等」について盲点を語る「男の世界に合わせられる女の人じゃないと平等にはならない」 


番組では「男と女どっちに生まれるのが得かを調査した件」と題したVTRを放送した。インターネットでのアンケートによると、生まれ変わるなら男になりたい人が69%を占める中で、女性の方が色の識別能力が高いことや、引きこもりは男性の数が女性の2倍で、自殺者は男性が女性より2倍以上多いと、女性の利点を紹介していった。

VTR後のスタジオトークでマツコは「男が作ったV(VTR)だよね」と納得いかない様子をみせ、「この世界は男の世界ですよ」と男女平等について語り始めた。

ああ日本って平和なんだなあって俺は感じるね。
こういう話を聞くと、じゃあ”男”って一緒くたにしているけど、男はみんな同じスタートラインに立って同じ障害物で競争しているのかと問いたくなるんだわ。
こういうとき俺は「戦争に行く側」と「戦争に行かせる側」というくくりで話をする。

今なんでこういう話がでてくるのかというと日本は戦争に対する危機感が無いからだとすら俺は考えている。
マツコは男ってみんな一緒にしているけど、それは男には「戦争に行く側」と「戦争に行かせる側」があるというのをわざと無視しているか、わかってないからなのさ。
たしかに男社会であるけれども、その社会を作っているのは「戦争に行かせる側」の男なんだよ。

「引きこもりになる男」
「自殺する男」

その多くはみんな”戦争に行く側”の男なんだぜ。
男社会だ男社会だと嘆く人間は、みんなそこのところを無視しているんだ。
それは日本がまだ平和な国だからそれで済むけどさ。
「戦争に行かせる側」の男は、”下の方”で言い争っているそんな状況をせせら笑っているだけ。

なんで俺が、こういう例えを考えついたのかというと俺自身が自衛隊にいたからかもしれないな。
ガッチガチの階級社会の中で、訓練とはいえ富士の樹海で行軍とかやっていれば痛いほどよくわかるのさ。
あー俺、今戦争になったら真っ先に死ぬなーって。
日本は過去に悲しい戦争があったけど、そういう感覚って薄れてきているんじゃないかな。

実は俺、マツコ・デラックスと中学の同級生だったんだけど、彼はわかっていると思うんだよね。
彼は中学のころも同じ体型で中性的で、「男」としては異形な存在だった。
だからこそ、「戦争に行かせる側」の男たちにいろいろとこっ酷くやられたはずだしさ。
だからこそこの記事のような発言をしたとも言えるんだけど。

ただ男をひとくくりにして攻撃しても「戦争に行かせる側」が作った男社会は変わらない。
「戦争に行く側」の男たちを、

「お前に俺の何がわかる」

と頑なにさせるだけだぜ。
政治家、資本家、マスコミなど発言権のある男はみんな「戦争に行かせる側」なんだ。
そこを無視していたら、とてもじゃないけど「女が力を発揮できる」世の中にはならない。

「戦争に行かせる側」の奴らに「女が力を発揮できる」という言葉を利用されるだけだぜ。