タフでなければ生きて行けない。優しくなれなければ生きている資格がない。

自己責任論の成れの果て

image
職場の建物内に自生するみかんの木


テレビのニュースを観ていたら、ある特集をやっていた。
20数年前に青信号を直進していた子どもが左折したトラックに巻き込まれて死亡する事故があった。
その亡くなった子の親御さんが二度とこんな事故を起こしたくないとの思いから、 歩車分離式信号を導入しようという運動をしている。
だが普及率は現在でも4%に満たないらしい。


以下はWikipediaより引用

歩車分離式信号機(ほしゃぶんりしきしんごうき)とは車両歩行者の交差をなくすように現示を行う方式の信号機。主に以下の方式がある。

歩行者専用現示方式
すべての方向の信号を赤にして車両を停止させ、すべての歩行者用信号を青にして横断させる方法。斜め方向への横断歩道は描かれていないので、歩行者は斜め横断はできない(が、この規制は無視されている場合がほとんど)。この方式が最も標準的な方式である。
スクランブル方式
縦横両方の車両交通流を停止させ、すべての歩行者を同時に横断させる方式のうち、斜め横断を可能とする方式。スクランブル交差点も参照。
右左折車両分離方式、あるいはセパレート式
歩行者などを横断させるときに同一進行方向の車両に右左折をさせない方式。この場合、右折、直進、左折の各専用レーンが必要となる。
右折車両分離方式
歩行者と同一方向に進行する車両に右折させない方式。
押ボタン式
基本的には歩行者専用現示方式及びスクランブル方式と同様であるが、横断歩道を渡りたい歩行者が設置されているボタンを押したときのみすべての歩行者信号が青になる方式。 

というのも地域住民の反対があって、なかなか進展しないのだとか。
やはり問題点として渋滞を起こすからというのがあるようだ。
車やバイクを運転する身なので、渋滞はたしかに困る。
けれどもこういうニュースを目にすると、必要だと感じるのだ。

というかだ。
歩車分離式信号であっても、そうでなくても縦方向と横方向の信号の変わる時間が均等であれば同じではないのかと。
そんなに単純な理屈ではないのだろうけれども、事故のリスクが減るのであればそれに越したことはないのではないかと。
どうだろうか。

せめてスクールゾーンがあるところは歩車分離式信号にした方がいいのではないか。
というか特集でも言っていたが、地元住民が反対しているのが大きいのだろう。
己の身に関係ないと思えば、こういう安全対策にも平気で反対するのが現状なのだ。 
要はエゴだよエゴ。

もちろん子どもが死んでもいいと思っている住民はいないだろう。
でも”万が一”事故が起きたら、起こした車の自己責任ということにすればいいと思っているのではないか。
自分にメリットが無いもしくは感じられないことに対して不寛容な世の中になってしまっているのだ。
これってなんでもかんでも、社会のせいにするな自己責任だ、という理屈が作った風潮ではないか。

もちろんなんでもかんでも社会のせいにするのもよくないのはわかっている。
けどなんか最近は、自己責任という言葉を便利に使いすぎている気がするのだ。
世の中みんな横一線でスタートってわけじゃないのだから、子どもなど弱い存在は社会のルールで守る必要があるだろう。
それで事故を起こしたら初めてそこで自己責任となるんじゃないか。 

どこからが自己責任でどこからは違うのかちゃんと頭で判断しろよって話だ。
自己責任というのは、個人のエゴを通すためにある言葉じゃないのだから。