タフでなければ生きて行けない。優しくなれなければ生きている資格がない。

テリー伊藤の「選挙に行かなかった若い人は実は賢い」コメントについて考える


テリー伊藤が「スッキリ!!」で「選挙行かない人は賢い」と語る
 


 

今回の選挙についてコメンテーターの菊地幸夫弁護士が、若年層の投票率の低さを指摘すると、司会の加藤浩次も投票権を18歳に下げる議論もあることを話したうえで「変わるんですかね?若い人が(投票に)来るようになるのかなー」と疑問を呈した。

これに対し、青山氏は、若い人に選挙に対する興味を持ってもらうことも政治側の責任でもあること話すと、テリーが「若い人が来ないっていうのは、若い人が実は賢くて、政治を端から冷めた目で見ている部分もあると思うんですよ」とコメントした。
テリーはさらに「政治家なんかに頼らないで、自分は自分で生きていくという考え方を持ってるから、投票に来ない人もいるんじゃないかと思いますね」と語った。


投票率そのものが落ちているというのは、制度の問題なのだ。
小選挙区制というのがそもそもの原因。
この制度は一つの区から一人のみを選出する。
多数派を形成しやすいが、その分少数派の意見は無いものとされる。

若者自体も人口分布からすると少数派だ。
ハナから無視されるとわかっているのなら、はじめから投票に行かないか、多数派に迎合するかしかない。
多数派の人間は、投票に行かない若者を責めるが、非常にナンセンスである。
しょせんあんたらは、他人を攻撃する免罪符をえるために投票したに過ぎないって話だ。

投票には行ったし、投票日の当日は開票速報もテレビで観ていた。
そして当選した候補者のコメントもながめていた。
多くの当選者はこう言った。

「地域のひとのために身を削って」

なんだよ”地域のひとのため”って。
あなたがたは、国の代表じゃないのかよ。
しかも小選挙区制だから、地域なんてのも範囲も小さい。
しかもその地域のひとって結局はそのなかのえらい人だろうに。

そのえらい人のおこぼれを多くの人はもらおうと考え投票しているわけで。
その多くの人のなかにも身分というのが縦割りできっちり決められていてさ。
若者にはそのしぼりかすすら回ってこない。
もし投票しない若者たちが、地域なんて小さいことなどどうでもよくて、国や世界という大きなカテゴリーについて考えているからこそ選挙なんて無意味と考えているならそれは賢いのだ。

よく改革とか言っている政治家は、定数削減ばかり言っているが、一票の格差についてなにもいわないのはなぜなのか。
議員の数を減らしても、一票の格差が減らないのなら、地方の年寄りの声を伝える人間の声が大きくなるだけではないのか。
改革というのは支出を少なくするだけが能じゃない。
より多くの人の声をとどけるようにするのも改革じゃないのか。

テリー伊藤の「政治家なんかに頼らないで、自分は自分で生きていくという考え方を持ってるから、投票に来ない人もいるんじゃないかと思いますね」っていうコメントもあながち間違えじゃない。
結局政治家なんて、一部の人間の利権しか考えていないからそういうなかで、はみ出た人間は自力で苦しみながらもやっていくしかない。
こんな選挙制度で一票を投じてもなんの希望もうまれない。

投票に行った人間として、あえてそう言う。