タフでなければ生きて行けない。優しくなれなければ生きている資格がない。

「ナッツリターン」で考える怒り方の問題



「ナッツリターン」に透ける、韓国財閥の宿痾



韓国のナショナルフラッグ・キャリア大韓航空が揺れている。
同社の趙顕娥(チョ・ヒョナ)前副社長が自社便に搭乗中、ファーストクラスで出されたナッツの出し方に不満を述べ、滑走路へ向かう途中の飛行機を戻させ、客室責任者を機内から降ろさせた、いわゆる「ナッツリターン」事件だ。


怒りの内容は間違ってはいない。
客室サービスの責任者であったわけだし、ファーストクラスだというのに袋のまんまで出すのはなにごとだというのはわかる。
そもそもの問題はその怒り方だな。

どうも韓国という国は直情的というか。
おとなりの国とはいえわれわれ日本人の感覚とはあまりに違うので面食らう。
怒るにしてもその場はいったん矛先を収めて、韓国に帰ってから注意すればよかったのに。
しかし財閥の令嬢というのは、そういうところまで考えがおよばないのだろうか。

なにを言ってもまわりはハハーッとひれふさないといけないという暗黙の了解が存在するのかもしれない。
しかし彼女だけじゃない。
韓国人がみんなして、矛先をおさめないんだな。
新聞記者なんかここぞとばかりにどなっているしさ。

「こっち向けよ!」とか普通に怒っているし。
なんか沈没事故をおこしたセウォル号のときと怒りのテンションは変わってないような気もする。
それに大韓航空に名前変えろとかいう人もいっしょだ。
怒りにまかせて言っているのかもしれないが。

いっときの怒りで、きざまれた歴史と慣れ親しんだデザインを変えるのはもったいないではないか。
そんな気がする。