KOTOBASM

頭の中にある思想は言葉ではない。映像でもない。いうなれば《もやもや》である。その《もやもや》を手先を使って記録することではじめて言葉になる。

昭和55年に歌謡界はガラッと変わった




ホリエモンとは同級生である。
昭和55年といえば、ジュリーはTOKIOを歌っており、その記憶は当時小学校2年のこのクソガキの脳裏にも強烈に焼きついているのだ。
この小学校低学年のときというのは、特にテレビの記憶について特別なものがある。

そもそも昭和55年というのは大きな転換点だったのだ。
山口百恵がステージにマイクをおいたまま去っていく。
百恵ちゃんと入れかわるかのように、松田聖子がデビューする。
そして田原俊彦もデビューする。

そんな特別な年に小学校低学年を過ごしたのだ。
そのころ他にどんな歌手がいてどんな歌を歌っていたか。
またどれぐらい当時活躍していたかの基準をしめすのに、子どものころと同じようにTBSのザ・ベストテンの最高順位もつけて書き出してみることにする。

松田聖子 青い珊瑚礁(1位)
田原俊彦 哀愁でいと (1位) 
桜田淳子 美しい夏(未登場)
石野真子 ハートで勝負(9位)
郷ひろみ How mamy いい顔(2位)
西城秀樹 サンタマリアの祈り(9位)
野口五郎 コーラス・ライン(9位)
高田みづえ 私はピアノ(4位)
沢田研二 TOKIO(2位)
岩崎宏美 女優(12位) 

TOKIOは1位とれなかったのか!
意外だった。
こうしてみるとやはりトシちゃん&聖子のすごさがわかる。
また新旧逆転が鮮明なのもおわかりいただけるであろう。

ちなみに昭和54年の場合

郷ひろみ マイレディー(1位)
西城秀樹 ヤングマン(1位)
野口五郎 真夏の夜の夢(8位)
沢田研二 カサブランカダンディ(1位)
山口百恵 しなやかに歌って(1位)
桜田淳子 サンタモニカの風(17位)

小学校1年のころと2年のころで全然ちがう。
百恵ちゃんの引き際は見事だったな。
それにくらべて淳子・・・
今日は思い出にひたりながら、「カップスターあぁん♪」と淳子のモノマネしてみよう。