前衛アングラ芸人・きぐるいツネちゃん(明智半平太)のブログ「昭和50年代少年のKOTOBASM」

団塊ジュニア世代とも、悲劇の世代ともいわれる昭和48年生まれが管理する、昭和ノスタルジーといまを語るblog。僕たちが生きてきた証のことば。それはイズムそのものである。(明智半平太)

男らしさ女らしさにこだわらず自分らしさあなたらしさを尊重しましょう









〈「男らしさ、女らしさ」についてどう思う?〉
「『男らしさ・女らしさ』なんて時代遅れ」派 50%
「男は男らしく、女は女らしいほうがいい」派 50%
●男性の回答
「『男らしさ・女らしさ』なんて時代遅れ」派 58%
「男は男らしく、女は女らしいほうがいい」派 42%
●女性の回答
「『男らしさ・女らしさ』なんて時代遅れ」派 42%
「男は男らしく、女は女らしいほうがいい」派 58%

ここまでは、俯瞰的な視点でご回答いただいた結果。では、それを自分に当てはめて考えるとどうなるのか? その結果はこちら。
●男性の回答
「男らしくありたい」派 67%
「男らしくありたいとは思わない」派 33%
●女性の回答
「女らしくありたい」派 67%
「女らしくありたいとは思わない」派 33%

女性6割「男は男らしく」を支持
より引用 


これだけだとなんとも言えません。
もう少しふみこんだ質問がほしいです。
人によっては他の男性に対してと、女性に対してでまた回答が違うと考えられます。
そこのところを聞くと、わかりやすいのではないでしょうか。

たとえば、自分は男らしくありたいし、他の男性にも男らしくあってほしい。
けれども女性には女らしさを求めないというひともいるはずです。
仕事はしっかりやるけど、男は家事も手伝わなきゃという人に多いのでないでしょうか。
フェミニストを自称するような男性に多いとも考えられます。

また自分は女らしくありたいけど、女性には女らしさを求めない。
けれども男性には男らしさを求めたいという人もいるでしょう。
ここまでくると駆け引きみたいになってきますが。
ともかくなかなかにんげんは2択や4択では分析できないといえます。

それはにんげんだからなにごとも押しつけてはならないということにもつながってきます。
男なのであくまで男視点になって恐縮ですが、たとえば男だから力仕事をやれということになったとしましょう。
もしある男性がすぐにヘバッたとします。
じゃあそれでそのひとはダメなひとなのか。

決してそうとは言いきれません。
ちがう分野で力を発揮できる場面だってあります。
要は2元論にあてはめて、ひとを評価するのは簡単ですが、そういう評価のしかたしかできないひとって、ぶっちゃけ単細胞なのです。

また重いものを持たないといけない場面があったとします。
女の人とふたりでいるとき、大抵のばあいこちらの方が体格がよく力がある。
そういうとき、ふつうにこちらが持ちます。
男とか女とか意識せず、にんげんとしての相互関係として。

重いものが持てたからじゃあにんげんとして優れているかといったらそうではありません。
そのときたまたま適性があったから持っただけのことです。
そういう意味でいえば、男らしさや女らしさなんて時代遅れといえるでしょう。
そして己のエゴで男らしさや女らしさを相手に求めるのは非常にナンセンスだと考えます。