前衛アングラ芸人・きぐるいツネちゃん(明智半平太)のブログ「昭和50年代少年のKOTOBASM」

団塊ジュニア世代とも、悲劇の世代ともいわれる昭和48年生まれが管理する、昭和ノスタルジーといまを語るblog。僕たちが生きてきた証のことば。それはイズムそのものである。(明智半平太)

太川陽介に学ぶ脳天気でルイルイ♪な生き方







太川陽介さんといえば、さいきんはテレビ東京の旅番組「ローカル路線バス乗り継ぎの旅」で知られています。
あの番組は、観る分にはおもしろいのですが、実際に旅すると大変だとかんじます。
というのも、あの蛭子能収さんと旅するわけですから。
でもあの番組のおもしろさって、蛭子さんの個性と、それに相対する太川さん持ち前の、優しさと脳天気さの相乗効果から生まれると考えます。
さてその太川さん、せんじつTBS系列の「中居正広の金曜日のスマたちへ」に出演していました。そのなかで、仕事がまったくなかったときの苦悩についてふれられていました。
そういえば一時期みかけませんでした。
太川さんのしごとで印象に残っているのが、NHKの歌番組「レッツゴーヤング」です。

私もいつも観ていたのですが、そのレッツゴーヤングが1986年に終了します。
太川さんが俳優業に専念したいとのことで降板を申し出て、そのまま番組も終了したのです。
これがひとつの転機になったと考えられます。
太川さんにしてみたら、アイドルとしての限界を感じていたわけで、その気持ちはわかる気がします。

いっしょにレッツゴーヤングの司会をしていたトシちゃんや松田聖子さんがアイドルとして後からデビューし、熱狂的とも感じられる人気を獲得していく。
この80年デビューのふたりが、先にデビューしていたアイドルにあたえた影響はかなり大きかった。太川さんもその1人だったわけです。

しかし思い出してみると、太川さんは歌唱力も当時のアイドルの中では高いレベルでしたし、レッツゴーヤングの司会も堂に入ってました。
タレントとして生きのこる才能はあったはずなのですが、俳優一本に絞ってしまい、芸能人としての活動もどんどん縮小してしまった感があります。

そして仕事がまったくといっていいほどなくなって、家の中に閉じこもっていたそうです。
当時つきあっていた彼女からも愛想をつかされ、物心両面で追い詰められていたときに、ぐうぜんカメラマンと飲みにいったのですが、そのとき最近仕事のほうはどう?と聞かれたのだとか。そのときに、卑屈にならずに、つつみ隠さずに、脳天気に、

「最近ぜんぜんないんだよー、なんか仕事無いかなー」

ってあっさり言ったそうです。
それからまた少しずつ仕事が増えていったのだとか。
いつもだったら人と飲みにも行かなかったのに、そのときはたまたま誘われるままに出て行ったなかでの出来事です。
その話を聞いて、変なプライドなんて持たないことだって私も考えさせられました。

太川さんをみていつもかんじることがあります。
それは50をとっくに過ぎたいまもふつうに「ルイルイ」を歌っていてすごいなということです。
ぜんぜんそれが変じゃない。
それも太川さんの脳天気さがなせるワザなのかもしれません。