前衛アングラ芸人・きぐるいツネちゃん(明智半平太)のブログ「昭和50年代少年のKOTOBASM」

団塊ジュニア世代とも、悲劇の世代ともいわれる昭和48年生まれが管理する、昭和ノスタルジーといまを語るblog。僕たちが生きてきた証のことば。それはイズムそのものである。(明智半平太)

法治国家で匿名のネット民による私刑が許されるはずはない








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小生は正義ということばが嫌いです。
にんげんにはそれぞれの信条というものがあり、一元化するのは無理だと考えるからです。
それをむりやり一元化して、正義の実現と称して行動にうつすのは危険がともないます。
それで結局だれかが傷ついても、簡単に”正義のため”と正当化してしまう神経のにんげんが、きらいなのであります。

群馬県内の高校に通う女子生徒が、イスラム過激派組織「イスラム国」(IS)による日本人拘束事件を想起させる画像をツイッターに投稿し、批判が殺到する騒ぎになった。画像に写っていた生徒2人は匿名掲示板に個人情報をさらされ、中傷の集中砲火を浴びた。うち1人は専門学校進学を断念。軽い気持ちで投稿した不謹慎画像が人生を狂わせる結果を招いた。

この女子生徒のやったことは、問題があるのはたしかです。
だからといって、女子生徒にたいして、ネット民はなにをやってもいいのかというと、そうではないと小生はかんがえます。 
個人情報をさらすとか、これっていうなれば私刑すなわちリンチです。

匿名掲示板には「こいつらが死ねばよかったのに」「誘拐されて同じ目にあえばいいよ」「学校に電話して人生つぶそうぜ」といった書き込みもあった。

制裁をくだすことは、無条件で許されるのかといったら、そうではないはずです。
制裁をくだす側にも責任というのは付随します。
こいつは悪いことをやったから制裁する、あとはこいつがどうなろうが知ったこっちゃないというわけにはいきません。

制裁をくだすというのなら、罪をつぐなわすために、どういう制裁が相応しいのか、ロジカルに説明できなければなりません。
でもそんなことは簡単じゃありません。
だからこそ、法というものが存在するのです。

怒りを表明するなということではありません。
それは、ブログとかSNSの日記で書けばいいのです。
ただ、個人情報を衆目にさらすのが、はたして彼女らへの制裁としてふさわしいのか。
はなはだ疑問であります。
高校は生徒を指導する一方、掲示板に削除依頼を申し立て、書き込みは削除された。生徒2人はショックを受けて精神的に不安定になり、ケアが必要な状態という。
こういう状態になってしまったことを、私刑に参加したひとはどう考えるのでしょうか。
当然とひとことで終わらせるのなら、それはにんげんとしてどうかと思います。
あなたは自分の溜飲を下げるために軽い気持ちで私刑に参加したのではないかと問い詰めます。
はたして私刑に参加した側に責任はないのでしょうか。



半平太