めざしの不遇について

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アパートでは部屋がいちばん奥なので、いろんなひとの部屋のまえをとおります。どこかの部屋でめざしを焼いているにおいがしました。おいしそうなにおいです。そうそう、めざしはちょっと焦げているぐらいがうまいんだよなあ。


むかしはよく母親が焼いて、晩ごはんのおかずに出してくれたものです。子どものころは、まためざし?なんてちょっと邪険に扱っていましたが、40すぎるとなつかしく、とてもいいにおいにおもえます。 しかし、めざしってなんかかわいそうではありませんか?


だってそうでしょう。われわれにんげんに食べられるいぜんに、とどめで目に串を刺されてしまうのですから。しかも見ず知らずのものとまとめられてしまうわけです。これはいわゆるひとつの残酷ショーなのであります。 


しかもウルメイワシとかカタクチイワシとか、生前は立派な呼び名があったわけです。それがにんげんの都合で変えられてしまうのです。しかもよりによって「目刺し」です。いまやられている屈辱的な状態が名前になっているのですから、これほど不遇なことはありません。


しかし、われわれにはどうすることもできない。歴史がそうさせてしまって、名誉回復の余地がないのであります。せめてわれわれは、めざしたちに感謝しておいしく食べてあげることしかできません。めざしさん、わたしはあなたの作品のひとつですと。