前衛アングラ芸人・きぐるいツネちゃん(明智半平太)のブログ「昭和50年代少年のKOTOBASM」

団塊ジュニア世代とも、悲劇の世代ともいわれる昭和48年生まれが管理する、昭和ノスタルジーといまを語るblog。僕たちが生きてきた証のことば。それはイズムそのものである。(明智半平太)

同性愛を遊びと言ってしまうひとがすべてのひとに優しくできるか









「同性愛は不自然」「同性愛者が寄ってくると不安」。当時、市議会で反対の急先鋒(きゅうせんぽう)に立った無所属の内村仁子(よしこ)氏(72)は話す。

(信じる私:2)多様な性、深まらぬ理解 渋谷区条例、権利と中傷 


小生は同性愛者ではありません。ですが、こういうもののいいかたは、非常に腹が立ちます。どうせこの議員さんもいうのでしょう。差別はしていない区別をしているだけだと。こういうにんげんがどうして女性の権利を主張できるのでしょうか。


まさにブルーハーツの歌じゃないけど、「弱いものたちが夕暮れ、さらに弱いものをたたく」みたいなものでしょう。弱いものの権利を主張するにんげんが、自分とは関係のない弱いものを偏見でみて攻撃をするのをみると、もう利権主義者のにおいしかしません。弱者利権を利用しているだけです。


それから8年半。県議選で3選を目指した内村氏は今年3月、「全ての人にやさしい県政」と書いたパンフレットを配っていた。  

渋谷区の証明書、どう思いますか? 「やっぱり同性愛は遊びとしか考えられません。申し訳ないけど」
 
こういうにんげんがよく「全ての人にやさしい県政」などとよくいけしゃあしゃあといえるなあとおもいます。
「多数派の全ての人にやさしい県政」もしくは、「利権を持つ全ての人にやさしい県政」
と書いたほうがよろしいのでは?そんなおもいがします。


同性愛が遊び。遊びであったら、なぜ苦しむひとが生まれるのでしょうか。偏見をもつひとが多数派のルールをおしつけるからではないですか。申し訳ない?あなたのその、「同性愛は不自然」「同性愛者が寄ってくると不安」 というものいいがすでに”申し訳”なのです。


最後にひとこと、内村仁子県議に言いたいのです。





うんこを喰え。