なにはともあれ新しいいのちが誕生したのだから



10日午後、成田空港に、エアカナダ機が緊急着陸した。機内から出てきたのは、赤ちゃんを抱いたカナダ人の男女。乗客が心配する中、機内で出産し、無事誕生した。
居合わせた乗客が、FNNの取材に、機内の様子を語った。
乗客は、「皆さん、拍手されていて。びっくりしました」、「初めてだったので、すごく、めでたいなと思いました」と語った。

(中略)

一時、騒然とした機内。
乗り合わせた乗客は、「ちょうど真横の席にいたんですけれど、結構長い時間、お医者さんが来られて」、「時間としては(午後)1時くらいですね」、「もう拍手が起こって、全員で。かわいい赤ちゃんで」と話した。
親子は、病院に搬送され、母子ともに健康だという。

カナダ人女性が機内で女児を出産 成田空港に緊急着陸


一見すると、とてもおめでたいニュースのようにみえます。しかし、このニュースにあるひとが噛みつきました。


これに対しては、すでにネット上でもバッシングが起きていますが、私もちょっと…疑問を感じざるを得ないニュースだと言わざるを得ません。
まず「単純にあったことだけを伝えている」のではなく、記者の「私情」を挟んでいる点が問題です。このニュース原稿を書いた記者は、この話を「美談」に仕立てようと意図して原稿を書いています。 「拍手が…」 「おめでたいなって…」 ニュースの冒頭に祝福の声を重ねて繋ぎ合わせていますが…同乗した乗客は、近くで赤ちゃんが生まれたのです。カメラを向けられて悪いように言える訳はありません。

考えなしに美談を仕立てるニュース原稿 

元フジテレビアナウンサーの長谷川豊氏です。
私情とはいうけど、事実あたらしいいのちが誕生したのだから、意図するしない以前におめでたいことではあるのです。そしてその事実をわかりやすく伝えるために、インタビューをはさむのはありかと小生は考えます。


「カメラを向けられて悪いように言える訳はありません」というのは、ちょっと見方がいじわるかなともおもいます。すくなくとも”考えなし”とはかんじません。それに美談に仕立てるのにも”考え”は必要でしょう。”考えなし”と”美談に仕立てる”というのは両立しないのです。

 
それは、この出産した女性の事情です。「妊娠何週」だったのでしょう?臨月でしょうか?それとも、かなりの早期での破水などが起きたのでしょうか?これによってニュースの内容が全く変わってくるのです。はっきり申し上げて「臨月・もしくはその近く」であった場合、このニュースは美談でも何でもありません。単なるこの妊婦さんの不注意以外何でもないニュースです。


これについても、じゃあ出産したばかりの女性とその夫に突撃取材しろとでもいうのかいってはなしです。ニュースの速報性という観点からいっても、まずそれ最初に必要?っておもいませんか。臨月だったらどうなのか逆に聞きたいです。妊婦さんに不注意だとバッシングしなければいけないのですか?


「本来は危険な行為だが、こういう事情やあんな事情でしょうがなかったのだ。ラッキーなことに母子ともに、今回は無事だったが、推奨されるべきことではない」という、最低限の情報を入れた上で伝えるべきだったと思います。


これはわかります。でも第一報でいうべきかどうかが疑問です。 美談というより、こういうドラマチックなことがあって、無事にあたらしいいのちが誕生しましたよでいいじゃないですか。棄権な行為うんぬんはあとでみんなで話しあえばいいじゃないですか。インターネットがある時代なのですし。


ってよくよくみたら、ニュース元はフジテレビでしたか。長谷川氏の元いた会社です。ひと悶着あって辞めてしまったところであります。これこそいじわるな見方かもしれませんが、フジテレビ憎しからくる私情で書いてる?とも読めてしまいます。