前衛アングラ芸人・きぐるいツネちゃん(明智半平太)のブログ「昭和50年代少年のKOTOBASM」

団塊ジュニア世代とも、悲劇の世代ともいわれる昭和48年生まれが管理する、昭和ノスタルジーといまを語るblog。僕たちが生きてきた証のことば。それはイズムそのものである。(明智半平太)

Twitterは基本議論するのには合わない







このごろのTwitterでの一連のやりとりにかんして、勘違いしているひとがいるのだが、小生はTwitterにおいて、ブロックすることは自由だとおもっている。理由はなにか。こたえは単純だ。たんにTwitterがそういう仕様になっているからである。


ブロックするのは自由だが、それを話のたねにするのも自由なのである。べつにこちらをブロックするなとはひとこともいっていないのだ。そもそもひとの考えかたなり趣味趣向にかんしてケチをつけるにんげんなんてブロックされてとうぜんなのである。だってうざったいでしょ。


ミクシィだってそう。そういう仕様になっているのだから、ブロックするのは自由なのである。議論になるなら議論するが、これは泥仕合になるなとかんじたら、ふつうにブロックする。しごく当然なはなしだ。とくにTwitterでは泥仕合はしたくない。それはなぜか。


その泥仕合の模様がフォローしてくれるひとのタイムラインにのってしまうからである。そういうのを嫌うひとというのは存在するので、そういうひとからリムーブされてしまうのもなんだし。ただTwitterにかんしてはどんな相手であってもブロックしないつもりである。


勝手に言っている分には、フォローしてくれているひとのタイムラインには載らないし、むしろそういう相手のフォロワーがみてくれる可能性があるから。無視するけど、それでも書きたいならむしろ好きなことをを書けばいいのである。