KOTOBASM

頭の中にある思想は言葉ではない。映像でもない。いうなれば《もやもや》である。その《もやもや》を手先を使って記録することではじめて言葉になる。

「秘湯ロマン」乳頭温泉に新妻さと子

なんと淫靡なひびきであろうか。新妻さと子は、ひとりでなぜ、この乳頭温泉に来たのであろうか。秘湯にロマンをもとめてやってきたのであろうか。新妻だというのに。なぞは深まるばかりだ。


というわけではなく、秘湯ロマンというのはテレビ番組であり、新妻さと子の新妻は苗字なのであった。 しばらくみないなとおもっていたら、早朝から深夜帯に移動していた。それにしても、

「秘湯ロマン」
乳頭温泉
「新妻さと子」

このコラボレーションは、ひきこまれるものがある。


この番組は、温泉に入る女性がほとんどしゃべらない。きこえてくるのは至福のためいきばかり。最低限の情報は、女性ナレーターが話す。そこがいい。温泉入っているときとか、食べているときとか、ベラベラ喋られると興ざめしてしまうから。 


でもって、番組中に字幕で宿の値段が出ないというのも、ポイントがたかい。これも湯上がりの女性にみとれているときに出されると、興ざめするのだ。ちなみに宿のくわしい情報は番組ホームページでということになっている。わかりやすくてシャレオツだぜ秘湯ロマン。


しかしこの番組いちばんのいいところは、人選である。さと子さんもふくめて30代ばかりなのだ。こればかりは若い子ではいけない。わかいむすめ至上主義者は、どうか秘湯ロマンの世界から出ていってほしい。 あ。ごめん。前回のひとは20代だった。