前衛アングラ芸人・きぐるいツネちゃん(明智半平太)のブログ「昭和50年代少年のKOTOBASM」

団塊ジュニア世代とも、悲劇の世代ともいわれる昭和48年生まれが管理する、昭和ノスタルジーといまを語るblog。僕たちが生きてきた証のことば。それはイズムそのものである。(明智半平太)

おっさんだけどなにが悪いというひらきなおり







「目の前のおっさん、きもい(笑)」-こんなコメントといっしょにツイッターに投稿された薄毛の男性の写真。電車でだらしなく熟睡しているサラリーマンや熱心にスマホを操作している太った男性の写真もある。いずれも若い女性とみられる人の投稿で、ツイッターが炎上したと週刊誌などで報じられたケースだ。  

以前は盗撮される対象といえば若い女性の方だったが、最近は「女性による中高年男性の盗撮→ツイッターなどSNSへの投稿」も多いようだ。

「目の前のおっさん、きもい(笑)」 若い女性の中高年盗撮、SNS投稿で訴訟も 


盗撮という行為じたい許されるべきものではない。それは加害者や被害者がどのような境遇であろうが関係ない。ただこうした善悪を度外視した価値観みたいなものが存在するのも事実だ。


小生も40をこえて、いろいろなおとろえをかんじることがある。容姿もそのひとつだ。おとろえというものは、歳をかさねればおそかれはやかれ誰にでもやってくるものだ。このとしになって、小生は俳優の沖雅也さんが自身のおとろえに恐怖をいだき自殺したそのきもちが理解できるようになった。


そしてそうした男のおとろえにたいして、若い女性が軽蔑のまなざしをむけるのも、どこかでしかたのないところなのかなともかんじる。なんかいも出すが、盗撮なんて許されることではない。でもおとろえたおとこが、そういうわかい女性の軽蔑心にたいしてあらがうのは、無駄な抵抗なのである。


善悪をこえた社会通念みたいなものがある。若い女性にたいして中年男が怒ったりするのはみっともないというのがあるのではないか。だからたとえば、電車でだらしなく熟睡している写真がSNSに投稿されたとしよう。すると平気で当事者ではない中年男が、そんなもの撮られるほうが悪いと平気で裏切ったりする。 


そういう善悪をこえた価値観が社会には存在する。そうかんがえている。だから電車の中で寝ないようにするか、SNSに投稿?ご自由にどうぞとひらきなおる。どっちかしかない。だとしたら、小生はひらきなおるほうをえらぶ。 


だが他の中年男性があらがうことは否定しない。ただパワーの使い方が大事だ。面とむかってあらがって、よけいなパワーを消耗しては元も子もないし、面とむかっていえないからって、ミソジニー女性嫌悪)をこじらせて、匿名でネットをつかってそのミソジニーを発露してしまうとそれはそれで目もあてられない。


となるとやはり、容姿のおとろえをカバーする、人としておもしろい自分というものを追求するのがいいのではないだろうか。ただでさえ仕事で疲れるというのに、容姿のおとろえに疲れてはいけない。