前衛アングラ芸人・きぐるいツネちゃん(明智半平太)のブログ「昭和50年代少年のKOTOBASM」

団塊ジュニア世代とも、悲劇の世代ともいわれる昭和48年生まれが管理する、昭和ノスタルジーといまを語るblog。僕たちが生きてきた証のことば。それはイズムそのものである。(明智半平太)

奥菜恵にかんじた違和







女優の奥菜恵(36)が2日、自身のブログを更新し、離婚が成立したことを報告した。加えて報道などで関係が噂となっていた俳優の木村了について「パートナーであり、大切な家族です」と宣言した。


この記事を読んでまずかんじたのが、なんで離婚成立の報告と、交際宣言をいっしょにやってしまうのかなということであった。一般人と結婚した芸能人として、これはないなとかんじるのだ。


相手は一般人であるがゆえに、おおやけにマスコミのまえに姿をあらわすわけにはいかないわけで、申しひらきをすることもできない。そうでなくても、じぶんのこどものことをかんがえたら、泥仕合にするわけにもいかない。


どうしてもこどものうちは、ふれあいのじかんが長いぶん、母親のほうになついてしまう。親権はほとんどが母親にいってしまうのは、社会的にどうしようもない部分もある。それでも父親として、愚直にじぶんのことよりもこどものことをかんがえるものなのである。


それらをふまえてかんがえれば、奥菜のこういう発表のしかたは、自己顕示欲まるだしで、まるでじぶんのことしかかんがえてないなとかんじる。こんな彼氏と娘ふたりとじぶんの手の写真を載せるなんて、下品きわまりない。


奥菜のいうところの”最善の形”ってなんなのか。じぶんには年下の彼氏がいて、娘ふたりの親権ももらって、でも彼氏とは入籍しないから養育費だけはちゃんと払ってね。でもいずれはあたらしい彼氏と結婚する。だから娘たちには、あんたの行く先なんて関係ないからねと。それが最善だというなら、そうとうこの女、性悪だ。