前衛アングラ芸人・きぐるいツネちゃん(明智半平太)のブログ「昭和50年代少年のKOTOBASM」

団塊ジュニア世代とも、悲劇の世代ともいわれる昭和48年生まれが管理する、昭和ノスタルジーといまを語るblog。僕たちが生きてきた証のことば。それはイズムそのものである。(明智半平太)

死とは。







電車の中でスマホを使って書いたのをとりあえずアップしてみる。
昨日は横須賀線、一昨日は東海道線と連日人身事故で電車が止まる。
おかげで仕事に間に合わなかった。
通勤時間の運休は困る。
原因はわからないが、もし自殺であったなら、私は思う。

なぜ、その死に方を選んだ?

なぜ死にたかった。
本当にあなたは死にたかったのか。
猛スピードでやってくる電車に葛藤を断ち切り、勢いで飛び込んじゃったんじゃ。
実はさほど死にたくはなかったのでは?

本気で死にたいという人がもしいたら、ぜひこうしてもらいたい。

洗面器を用意して、そこに水を張る。
そうしたら顔を突っ込んでそのまま窒息死するのだ。
さすれば嗚呼本当に死にたかったのだなあと納得することができる。

だが実際は、死にたいという気持ちを取り巻く怨念染みた何かがあると思う。
どうせ死ぬなら、自分をここまで追い詰めた社会にささやかでも復讐を果たして死のうという人もいるだろう。
だから、どうせ死ぬなら一人で死ねばいいのにというのは意味がない。
自殺する人が憎い相手というのは、そういう事を冷静に無表情な顔で言う人だからだ。