哀愁のくたくたうどん


ほっかほかの石狩鍋

土鍋が奏でるハーモニー

本日の入居者さんおよび職員の昼食は石狩鍋であった。
鮭が好物の私は心ときめかせながら土鍋を見つめる。
遅い時間だったせいか、白菜がくったくたに煮えていた。
私ははっふはふ、ふは、むほむほとその白菜を貪る。
湯気の包まれた鮭、ねぎ、鶏団子、にんじん、みんな素敵だ。
まるで水戸黄門に出てくる由美かおるの入浴シーンの様に。


うどんはコシとは言うものの

土鍋の中で、白菜よりもくったくたになっているものが。
うどんだ。
スーパーでよく見かける生のうどんが、長い間煮込まれて柔らかくなっている。
柔らかくなったそれは、色んな材料たちの滋味も吸い取り味わい深く口の中でとろけていく。
好きなのだこのくたくたのうどんが。
なんなら一晩おいて朝温めなおした、もっとくたくたになったうどんでも構わない。
もうこうなってくると、色んなものを吸い取りまくり、全てを受け入れてしまっている。
情欲に走り、傷つきながら、結局は悟ったかのように漂いながら生きているような存在。

まるで麺類の瀬戸内寂聴だ。



失敬。