オリンピックは楽しんでいい



スポンサーリンク


それは竹田恒泰さんのTwitterからはじまった

予選落ちしてヘラヘラと『楽しかった』などと語った選手」を問題視し、負けた際のコメントとして「思い出になったとか、楽しかったなどはあり得ない


日本は国費を使って選手を送り出してます。選手個人の思い出づくりのために選手を出しているわけではありません


竹田恒泰さんといえば、明治天皇の玄孫であり、お父様はJOC会長の恒和さんで今では保守派の論客としても知られる人だ。
そういう人の発言でもあるので私は興味を持った。
結論から言うと、私はこの考えには反対である。
根性論と厳しい上下関係の中で

日本という国は、根性論が幅をきかせている国である。
他の国と比べて、オリンピック選手への報酬が少ないこの国で選手たちは厳しい上下関係と根性論によって鍛えられてきた。
その苦労は並大抵のものではない。
肉体的にも精神的にも大変な思いをしてきたはずだ。
日々の激しい練習に耐え抜いてきた選手が、オリンピック当日ぐらい楽しんでなにが悪いというのだろう。
メダルを獲れなくて、国費を負担していただいたみなさん申し訳ありませんでしたと泣いて土下座するよりもよっぽど健全である。
悔しいに決まっているのだ。
それでも負け惜しみを言わず、楽しみましたと言えるさわやかさを讃えたい。


オリンピックは参加することに意義がある

世界の国のなかには、参加したくても内戦などでできないところがある。
国費で派遣されるオリンピック選手の姿は、我が国が平和であるということの証明でもあるのだ。
そこに一番のオリンピックの意義があると考える。
1980年のモスクワオリンピック、東西冷戦のなか日本はボイコットした。
悲しい歴史である。
あれから30年以上が経ち、オリンピックの開会式で選手が日の丸の旗を持って歩いているのをテレビで観ると、それだけでありがたく誇らしい気持ちになるのだ。
日本人として日本の選手がメダルを逃すとくやしいけれども、それで選手を責めようという気にはならない。

それじゃ失敬。