KOTOBASM

頭の中にある思想は言葉ではない。映像でもない。いうなれば《もやもや》である。その《もやもや》を手先を使って記録することではじめて言葉になる。

在特会は嫌いだが、こういう言論弾圧も大嫌いだ



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問答無用で圧力を加えることに反対する

人種・民族差別団体「在日特権を許さない市民の会」への豊島公会堂の貸与について
(レイシズムを監視する市民の会)


レイシズムを監視する市民の会では、来る2014年3月16日に豊島公会堂で行われる、悪質な人種・民族差別団体「在日特権を許さない市民の会」が主催する「特定秘密保護法の活用と発展を目指す国民集会」が、これまでの前例から政治的主張に名を借りたレイシズム集会と認定し、以下のアクションを行います。

【1】豊島区および豊島公会堂の運営を委託されている公益財団法人としま未来文化財団に対する使用許可取り消しの請願署名
【2】豊島区議および区議会各党に対して、公開質問状の回答を求めることといたしました。

 
どんなに考えが違っていようと、法に触れないような言論についてその機会を奪うことに反対だ。
自分が正しくて相手が間違っているという確固とした自信があるなら、むしろ相手に発言させるべきである。
相手に発言させて、自分でもそれを取材して、相手の発言した事実をありのままに記録して、それに対して反論すべきところは反論すればいいじゃないか。
裏で手を回して相手の発言する権利を弾圧しても、結局は憎しみを生むだけだ。
こっちが正義なんだから正義じゃない人間の主張を弾圧して何が悪いと考えているならそれは大きな間違いである。
そもそも自分が正義だと思うことじたいがおこがましい。

以上。
それじゃ失敬。