前衛アングラ芸人・きぐるいツネちゃん(明智半平太)のブログ「昭和50年代少年のKOTOBASM」

団塊ジュニア世代とも、悲劇の世代ともいわれる昭和48年生まれが管理する、昭和ノスタルジーといまを語るblog。僕たちが生きてきた証のことば。それはイズムそのものである。(明智半平太)

男性を差別する人間に女性差別を改善することはできない









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もう男には頼らない、金型現場支える女性や外国人 -ものづくり進化論(日経産業新聞)-

内容に関しては特に問題ではないので、関心のある人はクリックして読んでいただければと思う。
私が引っかかったのは、この題名である。
なぜ女性には”性”をつけて男性は”性”をつけないのか。
私は常々こういう書き方は男性差別であると感じる。
題の付け方というのは、付けた人間の常日頃の思想性が表れる。
この記事を書いているのは男性であるが、同性であってもこういう題の付け方をするのは男性差別に他ならない。
男性差別というのは、同性によってかなりの割合で行われる。
男らしく見せたいという欲求の発露でもある。
女性差別男性差別、同じ性差別であっても、別々に考えなくてはならない。
女性差別は現に残っているのだから、男は何を言われても文句を言うなということでは無い。
そもそも、この題の付け方自体、女性を持ち上げているようにみえるが、見方を変えれば、
「女性を護ってやっている」
という驕りが見え隠れする。
こういう人間は結局女性差別を改善することはできない。
女性を特別扱いする人間には到底無理なのである。

それじゃ失敬。


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小浜 逸郎

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