タフでなければ生きて行けない。優しくなれなければ生きている資格がない。

いじめは悪じゃないし無くならない



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いじめというのは必要悪である。
子どものうちにいじめをする側にまわるのは、自然の摂理によって防御することを学んでいるのである。
それを大人が無理して止めようとしても歪みが出てくるだけである。
あれそれこうしていじめを止めることができましたっていう先生や生徒もいるかもしれないが、それはどこかで無理している。
その歪みはどこかでまた違った形で現れてくると私は考えている。

いじめられっ子というのは、大抵どこか集団の中で”浮く”人が多い。
自己主張が強かったり、基本的生活が出来ていなかったりなど。
いじめで自殺をするなんていうのは、自己主張のためには他人に迷惑をかけても構わないという表れなのだ。
集団生活を円滑にするという点では、そういう人はいじめられて当然なのである。
そういうところをタブー視しては、いじめとは何かなんてずっとわからないであろう。

もし私はいじめられているという児童や生徒がこの記事を読んでいたら私は言いたい(いないと思うけど)。
辛かったら逃げればいい。
先生や親に言えないんだったらそれでいい。
黙って逃げていればいいんだ。
ただそのかわり、学校の勉強はしなくても、本を読んだりして自分なりの教養を深めないとダメだ。
普通に学校に行って勉強できているような奴に教養で負けてはいけない。
そして外を歩け。
歩いて歩いて周りを観察し自分の好奇心に忠実になれ。
それで意外と人生なんとかなる。
飢えない程度に生きてはいける。

それじゃ失敬。





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