タフでなければ生きて行けない。優しくなれなければ生きている資格がない。

いっそのこと給食の牛乳いるかいらないか子供たちに聞いてみたらどう?



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給食の牛乳中止の試み、波紋広がる「食文化守れ」「成長期に必要」(産経新聞)

この件については以前にも書いた。
ごはんと牛乳を同時に摂取する人はいない。牛乳は最後のお楽しみに飲むものだ。

「食文化を守れ」って言って牛乳を奪うのは子供への押しつけだと思うんだよな。
牛乳はやはり子供のささやかな贅沢だ。
大人にとっては牛乳なんて安いものだろうけど。
ふだん飲みたくても飲めない子だっている。
子供には選択の幅が大人よりも少ないということを、自由にお金が使えるようになった大人は忘れてしまってはいないか。
貧富の差があって何が悪いという意見がまかりとおる世の中で、そこで罪の無い子供たちから奪う権利がどこにあるのか。
飲めない子に無理矢理飲ませる必要はない。
前もって調査して、牛乳とふりかけを自由に選択できるようにすればいいわけだし。

牛乳だけじゃない。
和食に合わないのがダメということは、プリンもダメだということにもなる。
プリンなんて牛乳以上に子供たちにとっては贅沢品だ。
これはどうなる。

なんにしろ子供たちの意見を大人たちは聞くべきではないか。
食という分野は子供たちにとって重大なものである。
大人たちの提示する内容によっては、子供たちに大きな影響を与える。
大人たちは給食がある学校とない学校があることに無頓着な人が多い。
だが実際に給食の無い学校では食べる物の格差が如実に表れることに対し、劣等感を持ってしまう子供たちだっているはずだ。
食ということに対して文化うんぬん言う前に、子供たちの側に立ち返って考えてみることが必要じゃないか。

それじゃ失敬。


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