KOTOBASM

頭の中にある思想は言葉ではない。映像でもない。いうなれば《もやもや》である。その《もやもや》を手先を使って記録することではじめて言葉になる。

SEALDsの戦略にかんじたふたつの課題点

陸上競技選手でスポーツコメンテーターの為末大さん(37)が、安全保障関連法案に反対してきた学生団体「SEALDs(シールズ)」についての分析記事にツイッターでコメントしたところ、思わぬ波紋を広げてしまった。

(中略)

SEALDs(自由と民主主義のための学生緊急行動)は「自由で民主的な日本を守るため」にできた組織であり、活動目的は安保法案廃案に限定しているわけではない。  
ただ国会前等での反対デモにおいては、「本当に止める」をキャッチフレーズに、「戦争法案、絶対廃案」と声高に叫んできた。そのため、安保反対デモにおいては為末さんのように「廃案が目標」と受け止めるのも無理はないだろう。 

SEALDsの政治戦略に触れ、思わぬ「炎上」 為末大、「正論なのに...」と擁護の声も 


そもそも民主的な選挙でえらばれた国会議員が多数決で決めたものなのだから、デモぐらいで廃案になるなんてかんがえているヒトはいないでしょう。むしろデモでひっくりかえったら、それはそれで問題ですよ。


廃案とプラカードに書いたのは、あくまでみているひとにインパクトをあたえるためだったとワタクシは認識しております。ただ戦略という面では、SEALDsにはいろいろ課題みたいなものはありましたわ。


ひとつめに、若者らしさがまったくない。プラカードの文面なんかみても、従来の左翼活動家のオジサンオバサンの持っているものと大差ないんですよ。ただ持っているニンゲンが若いだけ。若者が運動する意味っていうのは、おなじ世代の若者をふりむかせることにあるわけですから。あれはないです。


ふたつめに、やはり戦争法案とか、徴兵制復活とか決めつけちゃうことですね。これはオジサンオバサン活動家にもいえることなのですが。ただ若者がこれを声高に訴えてしまうとどうしてもイメージとして短絡的におもわれてしまうしツッコマれやすいのです。ちゃんと法案を吟味していないようにみえます。


しかしそれでも、若者が声をあげたことじたいは意義がありましたし、なんといっても来年は参議院選挙だってありますからね。あのデモで若者のなかに意識をもつヒトが出てきたらそれだけでもやった甲斐はありましたよ。


あとは従来のオジサンオバサン運動家にながされないよう、手足のように動かされないようになってくれればいいなあと願っています。意志であったり、運動のしかたであったりにおいて若者らしさを大事にしてほしいですね。


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 ちなみに明智半平太は若ぶっていても肉体年齢が邪魔をしています。