タフでなければ生きて行けない。優しくなれなければ生きている資格がない。

50年前の軍艦島







今年世界文化遺産に登録された軍艦島こと長崎県の端島。いちどは行ってみたいところのひとつだ。いまも残る風景はそれはそれで味わい深い朽ち果て方をしているけれども、その味わいはむかしにヒトビトが生活していたからこそ醸しだされる。


40年前まではここにヒトが住んでいたのである。しかも東京23区よりも人口密度は高かったのだとか。いくら良質の石炭があるからとはいえ、よくこんな狭いところに住み、働いていたものだ。むかしのヒトはすごい。


生活水準は高かったそうだが、それも炭坑夫という危険と隣り合わせの仕事からすれば当然である。しかし当時の子どもたちはこのような人工の島でさぞかし窮屈であったことだろう。遊び場がない、土がないというのはキツイ。


動画をみるとそれなりに工夫して遊んでいる子どもたちが映っている。飛ばした鳩に当時の少年はなにを想ったのだろうか。軍艦島を出たいまはなにをしているのだろう。当時の思い出をたまには語っていたりするのだろうか。