タフでなければ生きて行けない。優しくなれなければ生きている資格がない。

クリスマスというと思い出す食べ物

そういえば今日はクリスマスだった。ということは昨日がクリスマスイブだったわけだが。クリスマスイブだというのに、20時まで働いて、疲れて帰って、誰にも連絡とらずにご飯を食べて風呂に入って寝てしまった。メシ・風呂・寝るって倦怠期の夫婦の会話か。


そして今日は夜勤なのである。明日になったら売れ残りで安くなったケーキ丸ごと食ってやるぐらいの勢いだもはや。しかしまあもういまさらクリスマスではしゃぐ歳ではないので、それでいいのである。とりあえず今年も神様、大病もせずに1年を過ごさせてくれてありがとうということだ。 


子どものころはそれなりにはしゃいでいたはずだ。学校のほかにも学童保育に通っていたし、教会のクリスマスにも参加していた。しかしやはり何がクリスマスらしいのかというと出てくるごちそうなのである。とはいってもうちは親が共働きで手作りのごちそうが出てくるという家ではなかった。


それでも母親がスーパーで働いていたということもあってケーキと売れ残りの食べ物を持って帰ってきた。その中でやはり一番印象に残っているのは、鶏もも肉の照り焼きだった。持つところがアルミホイルに包まれているあれである。


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味うんぬんというよりは、豪華感みたいなものがハンパない。肉を食ってる!って感じがするのだ。これとクリスマスケーキさえあれば、クリスマスはもう完結なのである。貧しいけれども楽しい我が家という感じだ。


ちなみに働いている施設では昼にクリスマス食事会が開催された。昨晩貼りだされているメニュー表を見てお年寄りはみな楽しみだと言っていた。身寄りの無いヒトにとって、みんなで寄り添って食べる豪勢なクリスマスの食事というのは大きな意味を持つのであった。 


それでは皆さんよいクリスマスの日を。