KOTOBASM

頭の中にある思想は言葉ではない。映像でもない。いうなれば《もやもや》である。その《もやもや》を手先を使って記録することではじめて言葉になる。

田舎に住む意味

この人、講演とかで田舎をウリにするとか、お金は割りと簡単に稼げるとか耳に心地好いことを、淀み無く低い落ち着いた声で喋るらしい。初めて聞く人やなんちゃあ知らん人は嬉しくなると思う。自分の住むなんちゃあじゃないと思いよった田舎を褒めてくれるんやきね。わしも高知を褒めてくれゆうき嬉しかったも。

けんど、なんか違うのよ。思い付きの理想論。夢物語。ちょっと考えたらツジツマが合わんことだらけや。 こんだけ何かに言いながら、本人は何にもしてない。綺麗な別荘地に住んでパソコンつつきゆだけなんよ。 田舎が好きと言うなら、せめて空き家をリフォームして住もうや。どうも田舎が好きってか、人の少ないとこがえいにかーらんけど。

まだイケダハヤトで消耗してるの? 

田舎に住むってどういう意味がある?それは田舎に住みたいと思う人それぞれにあっていい。要は生活できるのであればいいのである。あとはUターンとIターンで意味合いが少し違ってくるのかなと。ちなみにイケダさんというヒトはIターンの方。


ゼロからなにかを生み出すというのは非常にむずかしいことで、Iターンというのはまさにそれ。カレの場合、出身は横浜で、そこから高知に移住というパターン。まあ最初にあったのは、世捨て人思考なのだろう。人間関係をリセットに近づけたかったんじゃないか。


自然が豊かなところに住むというのは、ヒトとして当たり前の欲求であり本能だ。ただ理由がそれぞれ違うというだけで。東京湾埋立地に建てられたタワーマンションに住むヒトというのは、ヒトとしての本能を抑えている部分があるのねやはり。


ただ理想論や夢物語を否定はしないけれども、やはり身の丈にあった生活というものを考えないといけない。知らない田舎の土地へ行くというのは大変なことなのである。田舎に住む意味と身の丈にあった生活を考えなければならない。 


要は田舎に引っ越してどうやって仕事して食べていくかというのと、どこまで人間関係を保つかということなのだ。 理由はそれぞれあっていいのだけれども。そこだけはきちんと考えなければいけない。でないとそれこそ”消耗”してしまう。