前衛アングラ芸人・きぐるいツネちゃん(明智半平太)のブログ「昭和50年代少年のKOTOBASM」

団塊ジュニア世代とも、悲劇の世代ともいわれる昭和48年生まれが管理する、昭和ノスタルジーといまを語るblog。僕たちが生きてきた証のことば。それはイズムそのものである。(明智半平太)

自分の幸せを追及したいのなら同じく家族の幸せも考えろ







東京都大田区のマンションで新井礼人ちゃん(3)が虐待され死亡した事件で、警視庁大森署に傷害容疑で逮捕された暴力団組員永富直也容疑者(20)が事件当日、礼人ちゃんを正座させて「ベランダから飛び降りて死んでしまえ」などと脅していたことが、同署幹部への取材でわかった。

床に包丁、4階から「飛び降りろ」…3歳虐待死 

 またか。そんな感じだ。ニュースで何度も相手の連れ子を暴行する事件が報道されているというのに、いいかげん学んでくれ。よく自分はバカだからと開き直るホームラン級の大バカ野郎がいるが、それで国の宝である子どもたちの尊い命が失われてはたまったものではない。

  どんなにお互い好きだとしても、どちらかに連れ子がいた場合は一緒に住むことに慎重になってもらいたい。血のつながりというものは、自分たちが考えている以上に重い十字架なのである。そして互いが背負わなくてはいけないものなのだ。

 子どもを作ったことが問題なのではない。恋愛するな、子どもだけを見ていろという話でもない。自分の幸せを追い求める上で、自分の子どもとどう生きていくかマジメに考えろという話である。相手は自分を愛してくれていると信じていても、相手は自分の子どもも自分と同様に愛してくれるわけではないのだ。

 連れ子を持つヒトと恋愛をしようとするニンゲンも、そういう相手を愛することがどういうことなのか真剣に考えなくてはならない。チンケな肉欲と所有欲を前面に出して、安易に一緒に住もうと考えているのなら、そういうバカは本当のバカになる前に一度立ち止まって考えてほしい。 

 もし現在、自分がシングルで子どもがいるけど一緒に住んでいますというヒトは、ちゃんと相談に乗ってくれるヒトなり機関なりを見つけていつでも連絡する準備をしておかねばならない。それが新しい愛に生きる自由を持つニンゲンの子どもに対する責任だ。

 また社会もそういう子どもたちが守られるようなシステムつくりをする責任がある。箱や制度があったとしても、それを繋げられるように、どんなバカにでもわかるように我々は考えなくてはいけない。