KOTOBASM

頭の中にある思想は言葉ではない。映像でもない。いうなれば《もやもや》である。その《もやもや》を手先を使って記録することではじめて言葉になる。

そりゃあ白鵬もなんだがむしろ問題はアイツだ

あまりにも、あっけなかった。注目の立ち合い。軍配が返ると、白鵬は瞬間的に右へと動いた。まさかの変化。右手で軽く脇腹を突くと、稀勢の里は前のめりに手をついた。取組時間は中入り後最短、わずか0・6秒だった。

「アホか!」変わった白鵬に観客ブーイング 

 今場所の千秋楽の相撲でとやかく言われている白鵬横綱だったら真正面から受け止めろという意見について、個人的にはモンゴルをふくめ、外国出身力士にそれをもとめるのがおかしいのではというのが感想だ。

 チャンピョンだったら正々堂々と勝負するべきだというスポーツなんて世界であるのだろうか。 相撲は国技だといっても、世界からみればスポーツなのである。ちょっとズルいことをしてでも勝てば官軍というのが、世界の常識なのではないだろうか。違っていたらスマンが。

  もし国技が国技がというのならば、はじめから外国人を入れなければよかったのだ。そもそも日本人は正々堂々勝負するべきだというのがおかしい。スポーツなんて正々堂々だけで通用すると思ったら大間違いで、欧米なんかは裏で動いてルール変更するなどやりたい放題ではないか。それでも日本人は決められたルールの中で正々堂々と戦う。負けたら単に選手の実力がなかったのだと言う。

 まだそれだけならいい。問題はそういうことを押しつけておきながら、オリンピックではメダルの数にこだわるニンゲンばかりということだ。それでお偉いさんは、根性論ばかりを選手に押しつけ、ロクな報酬も与えない。要は正々堂々で勝てたら苦労はいらないということだ。

 それにしてもだ。問題は稀勢の里だ。毎場所毎場所応援しているのに、あいつはバカ正直にぶつかっていって、また白鵬の小ずるい戦法にやられてしまう。そういう稀勢の里がまた愛らしくてまた応援してしまうのだが。