タフでなければ生きて行けない。優しくなれなければ生きている資格がない。

”心”というのもしょせんはニンゲンの創造物

 心というものには実体がない。なにを考えてなにを発言するか。それはニンゲンの脳のメカニズムの問題であって、それを解明するのは現段階ではむずかしい。なにを考えたかは、考えた自分にしかわからず、発した言葉そのものだけがただ発したという証拠として残るだけだ。
これに対し松本は「僕は堀江さんはいつもそんなに間違った事は言ってないと思うけど」と堀江に一定の支持を見せつつ、「この人の言葉にはいつも心がないんでね。それでいつもちょっと釈然としない」とし、共感できないと語った。

松本人志が堀江貴文氏を「心がない」と批判 
 
 その発した言葉だけを聞いて”心”と言ってしまうのは安易だし、”心がない”と言われても、それ単に相手を腐すために”心”という言葉を便利に使っているだけじゃないと思うのだ。釈然としないのは、なにをもってして心というのかということなのだ。

 ホリエモンの場合、心がないというよりは、なにかの法則のように言語表現が乾いている。合理主義的な自分を表現する知恵なのかもしれない。ただ感情はまた別なのか、それをコントロールをするのは不得意だ。

 またニンゲンまずものを考えるときは損得勘定をするものだ。損得勘定を抜きにするというのは、抜いているのではなく、損を厭わないのだ。そういう意味で実は損得勘定をしている。堀江貴文というヒトはそこらへんがヘタなので、そのまんま東みたいな損得勘定しか考えていない男につけこまれるのである。

 そのまんま東上西小百合みたいなけちょんけちょんにしても誰も文句をいわないようなニンゲンを標的にする。それも損得勘定を考えての行動であり、ホリエモンをディスったのもあくまでリスクが少ないという計算のもとにやっているのだ。こういうのを相手にしてしまうところがホリエモンらしいっちゃホリエモンらしい。