前衛アングラ芸人・きぐるいツネちゃん(明智半平太)のブログ「昭和50年代少年のKOTOBASM」

団塊ジュニア世代とも、悲劇の世代ともいわれる昭和48年生まれが管理する、昭和ノスタルジーといまを語るblog。僕たちが生きてきた証のことば。それはイズムそのものである。(明智半平太)

【美の壺】入れてる音で覚えろ







 以前、ホリエモン厚切りジェイソンが寿司職人について、長い時間をかけて修業をするのは時間の無駄というようなことを言って物議を醸したことがあった。要は短時間でも集中してやれば、技術は習得できるという旨を彼らは言おうとしたわけなのだが。

 しかしやはり寿司職人の業というのは、集中すれば短時間で身につくものではないというのが、今回の美の壺を観ての感想だ。というのも、やはり寿司職人の業というのは、共通して数値化できるものではないわけだ。

 お酒の量も、何カップ入れるのかと聞かれても説明できない。だから「入れてる音で覚えろ」ということになる。これは結局、さじ加減は職人の感覚で決まるということなのだ。数値化するとどうしても限界が見えてしまう。生ものをあつかう仕事なので当然といえば当然なのだが。これは集中したからといって短期間でできる業ではない。 

 江戸時代から浅草にある弁天山美家古鮨。イカやアナゴにぬるツメ(タレのようなもの)は創業から150年継ぎ足し継ぎ足しされて今に至っている。ツメはイカやアナゴの煮汁を5時間鍋に付きっ切りで混ぜ、煮詰めて作られる。

 こういうのもヒトによっては非合理的に感じるかもしれない。 そんなのは外注で機械を使って作ればいいって。でもやはり時間をかけてヒトが作ることが寿司職人の”仕事”であり、矜持なのだ。その一つ一つの積み重ねが鮨の繊細な味を作り上げていくのだろう。

 とか言いつつ高級な寿司なんて食べたことないけど。あ、でも金沢に行ったときに食べたな。ごちそうしてもらったので値段はわからないけど。それでも職人さんの握っているその繊細な所作に惚れ惚れしたのを覚えている。