前衛アングラ芸人・きぐるいツネちゃん(明智半平太)のブログ「昭和50年代少年のKOTOBASM」

団塊ジュニア世代とも、悲劇の世代ともいわれる昭和48年生まれが管理する、昭和ノスタルジーといまを語るblog。僕たちが生きてきた証のことば。それはイズムそのものである。(明智半平太)

大学は何をしにいくのかというハナシ








 


 




「ブログで月商100万稼げる?大学生で100万稼いでいたらすごくないか?」 これなら自分にもできそうだと思いました。

そんな思いで大学と一緒にブログをはじめ、 いろんな情報に触れたり、たくさんの人を見てきたことで大学に行くことや周りと同じことをすることが正しいことじゃないことを知ったんです。
そして自分の意思もなく、レールに沿って生きることは間違いだということにようやく気づくことができました。



 
 本日のなんか考えさせられ、複雑な思いを抱いた話。僕はレールに沿った生き方というのをしたことがないので、むしろレールに沿って生きられるヒトというのが、正直うらやましい。

 ご本人の選択そのものに対して、批判をするつもりは毛頭ない。しかし叩くヒトも、擁護しているようにみえるヒトも、なんだかなあという気がしてならないのだ。

 納得いかないのはわかるが、それを大の大人が汚い言葉に変換してぶつけるというのが、生産性がないというかなんというか。もっと言い方というのがあるだろうに。

 また擁護する方は擁護する方で、他人事だからって、首をツッコんで勝手なことを言っている。あなたそんなにアオっているけど、この青年が挫折したら、どうせ自己責任で片づけるんでしょうに。イケダハヤトさん。あなたのことを言っているのだ。

 そもそも大学で勉強する意味ってなんなんだろう。Fランクだったら行く意味がない?そんなことはないだろう。高校で勉強することと、大学で勉強すること。おなじ勉強でもその内容はあくまで別物だ。

 中学・高校のときは劣等生であっても、大学のこういう勉強がやってみたいというのなら、Fランクの大学に入ったっていいじゃないか。夜学だって通信教育だっていい。就職がどうとか本来そんなのは二の次のハナシじゃないか。

 それをふまえて言うと、起業するのに学校なんて必要ないというのは、正しいようでいて、一面的なのだ。大学に行って、学んで、遊んで、考えて、食えなくならない程度にバイトして・・・そういう時期があったっていい。ニンゲンとして面白くなる機会じゃないか。

 ブログでどうやって食べていくかなんて考えているより、よっぽど楽しいんじゃないか。楽しいニンゲンになってから起業したって遅くはないんじゃないか。要はアセることはないということだ。

 今日のところはこれまで。ごきげんよう。この呼吸が続く限り、俺は君の傍にいる。