前衛アングラ芸人・きぐるいツネちゃん(明智半平太)のブログ「昭和50年代少年のKOTOBASM」

団塊ジュニア世代とも、悲劇の世代ともいわれる昭和48年生まれが管理する、昭和ノスタルジーといまを語るblog。僕たちが生きてきた証のことば。それはイズムそのものである。(明智半平太)

大島優子よ。あなたはその”男らしくない”ヒトをメシのタネにしてその位置まで来たのだ。








大島は「男性って女性より女々しいじゃないですか。だから、より女々しいと本当に嫌なんですよね」と言い切った。


【エンタがビタミン♪】大島優子「男らしい人なんて見たことない」 世の男性への厳しい言葉に今田耕司が凹む- 記事詳細|Infoseekニュース




 番組自体を観ていないので、どのような流れで、どのような表情でこういうことを語ったのかはわからない。

 そもそも大島のいうところの”男らしい”っていったいなんなのか。そして女々しいとはなんなのか。 それによって話も変わってくるのだが。

 当方にいわせれば、だいたい求められる”男らしさ”というのは、同性同士で蹴落としあって、異性にアピールする。そういうものだという認識だ。お金を稼ぐ、出世するというのも、その延長線にすぎない。

 そういうものから”降りた”男性というのが、マンガやアニメの二次元にいったり、大島みたいなアイドルに走ったりするのではないのか。

 そう考えたら、大島の辿ってきた道というのは、そういう”降りた”男性たちから搾取して進んできた道ではないのだろうか。カノジョができて充実した生活をしていたら、アイドルなんて虚像に、お金なんてかけないものだ。

 もし大島自身が、秋元康に代表されるような強い立場の男に媚びて、”降りた”男たちを勝負の場に引きずり出そうと意図した煽り文句として、そういうことを言っているのだとしたら、それは大島自身の辿ってきた道とは矛盾している。

 今日のところはこれまで。ごきげんよう。この呼吸が続く限り、俺は君の傍にいる。