笑えるのはいじりで笑えないのがいじめ」みたいなお話が典型的なイジメの論理で、これを言ってるのがお笑い界の大御所だったりするあたりが日本の闇(小田嶋隆)

小田嶋隆 on Twitter: "「笑えるのはいじりで笑えないのがいじめ」みたいなお話が典型的なイジメの論理で、これを言ってるのがお笑い界の大御所だったりするあたりが日本の闇。加害者や傍観者にとって「笑える」要素を含んだ「いじめ」は、粗暴なだけのいじめと比べて、娯楽として消費されている分むしろ悪質です。より


  ”お笑い”というのも、笑えればそれで単なる”お笑い”になるのかというと、そんなに単純なものではないんだよね。たとえば純粋で無垢なわき出る笑いもあれば、ヒトをバカにした笑いだってあるんだ。

 この2つっていうのは、似て非なるものさ。お笑い芸人のなかには同一にしてしまうヒトもいるだろうけどね。いつだったか松本人志が、アフリカ難民の子の写真を使って笑いをとっていたということがあったんだ。

 それにたいする抗議に、カレはロジカルな反論はできなかったわけだけど、本心ではこれもお笑いであり、これで笑うことも、ヒトからわき出る純粋な笑いだと思っていたフシがあるんだよね。

 でも俺からいわせれば、笑っているうちの誰かは、バカにして笑っている可能性だってあるって話さ。ヒトの笑いの内面というのは、実に複雑怪奇なのさ。だから笑えるからいじめじゃないってことはないね。

 そもそも”イジられて”いるほうがどう思っているのかが問題だろうよ。顔の上っ面だけみて、笑っているからこれは”イジり”だといえるかって。そんなわけねえよ。表情は笑っていても、内心は傷ついているなんてことだってあるのだからさ。

 お笑いの世界とリアルな日常はあくまで別のものなんだよ。お笑いの世界では、イジられる方もネタとして消化できるけど、それを目にした子どもたちには「よいこはマネしないでね」っていってあげないといけないわけさ。

 今日の所はこれまで。ごきげんよう。この呼吸が続くかぎり、俺は君の傍にいる。