上原善広著一投に賭ける 溝口和洋、最後の無頼派アスリートより
新大久保のアイヌ料理店の飲みの席で、”路地”について書くのを休む旨のことを上原さんは言っていたんだ。ちなみに路地というのは、被差別部落の呼称でね。作家の中上健次さんに倣って上原さんも使っているのさ。
その後カナダに取材旅行に出かけ今も旅を続けているんだ。そして路地について書くのを休止してからの第1作がこの本なんだよ。人物ルポルタージュではあるけれども、一人称という珍しいスタイルで書かれているんだ。
溝口和洋というヒトはなにもかもが常識はずれでね。マスコミ嫌いで、協会のことは平気で批判する。大酒飲みでなおかつタバコを吸う。タバコの害についても、やり投げの練習の方が体に悪いと開き直りともとれるような発言をするわけさ。
なんでやり投げの練習のほうが体に悪いのか。それは常識的にいえばオーバーワークといえるような練習量をこなしていたからなんだ。本の中ではカレのトレーニングと投擲技術について書かれているのだけどさ。これは常人には真似できない。壊れるわ。
技術的なことはわからないけれども、鬼気と狂気は伝わってくる。参考にはできるけど、己の精神と肉体を知り、それにあった解釈でやっていかないと、全部マネしたらきっと壊れるね。それぐらい己の限界にチャレンジしたトレーニング方法だったんだ。
そして溝口本人にもやがて限界がやってくる。精神は強いままであっても、肉体はピークを過ぎると衰えていくからね。そこから猛練習のツケがまわってくるのさ。
それでも肉体に蓄積されたダメージがあるなりのトレーニングをしていくのが、溝口のすごいところなんだけどね。そして引退のときがやってくるわけさ。そこでカレは無償で技術を教えるかたわらパチプロになるというこれまたすごい道を歩んでいくんだ。
この溝口和洋というヒトの人生もすごければ、このヒトのことを書こうと思った上原さんもまたすごい。スポーツとはなにか。記録とはなにか。読めばきっと新しい発見があると思うよ。
今日のところはこれまで。ごきげんよう。この呼吸が続く限り、俺は君の傍にいる。
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