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昭和50年代少年のKOTOBASM

団塊ジュニア世代とも、悲劇の世代ともいわれる昭和48年生まれが管理する、昭和ノスタルジーといまを語るblog。僕たちが生きてきた証のことば。それはイズムそのものである。(明智半平太)

挨拶は「できた方がベター」ですが、別に、できなくても仕事はできますし、生きていけます。(イケダハヤト)







「挨拶ができない」ことに悩む必要などない。 : まだ東京で消耗してるの?より


 
 いやむしろ俺は、仕事なんかできなくてもいいから、挨拶はしようよと言いたいね。それぐらい大事だと考えている。強制じゃないけど、むこうが挨拶したときに返さないと、相手の気持ちを傷つけかねないからね。



 引用記事では年上の男性上司のことしかイケハヤさんはふれていないけれども、後輩は挨拶を無視されたらそうとう傷つくとおもうわけさ。そういうところもフォローしなきゃ。

 それを考えたら、ひとこと挨拶するぐらい屁でもないとおもうんだよね。できないことを急にやれとはいわないけれども、長期目標でいいから、挨拶ができるようになる自分をめざしたほうがいいよ。

 挨拶というのは、虫の触覚みたいなもので、自分を守る手段にもなるしね。ポジティブにとらえたらさ。相手の反応によって、接し方を調整でき、なおかつ自分を傷つけないんだ。


今日のところはこれまで。ごきげんよう。この呼吸が続く限り、俺は君の傍にいる。