前衛アングラ芸人・きぐるいツネちゃん(明智半平太)のブログ「昭和50年代少年のKOTOBASM」

団塊ジュニア世代とも、悲劇の世代ともいわれる昭和48年生まれが管理する、昭和ノスタルジーといまを語るblog。僕たちが生きてきた証のことば。それはイズムそのものである。(明智半平太)

精神銃【特集・昭和の未来予想図】








精神銃は敵が心の奥深く秘めた弱みや秘密を鋭く探り出し、より効果的にプログラミングして音声弾を作り、最適のタイミングで発射するのだ。
この狙撃を受けた被害者の救出法は永遠にない。

 

  

 これは恐ろしい。なにが恐ろしいかって?それは精神にダメージを受け、たとえ自殺したとしても、銃を撃ったほうはヒトを殺したという罪悪感みたいなものが薄れるからだよ。

 精神銃ではないけど、自分が手を下さないという意味で近いのが、日本人の人質2人の首を切って殺害したジハーディ・ジョン、彼を射殺した無人の殺戮機械だろうよ。ジハーディ・ジョンと殺戮機械どっちが残酷か。

 どっちも残酷だけど、ジハーディ・ジョンの方はまだ少しは逡巡の情はあった可能性がある。かたや殺戮機械のほうは”ニンゲンが手を下している感”が薄いという点で残酷だよ。あくまで殺害方法のみの比較だけれどもね。

 しかしただ機械とニンゲンの違いだけで、殺害を指示する方はどっちも精神がイカれちまってるんだよ。自爆テロを指示するニンゲンだって、指示されるニンゲンをニンゲンとは思っちゃいないんだ。

 死後の世界をみたことないニンゲンが、自爆テロをすれば、死後の世界で幸せになれるなんて言っちまってさ。宗教を隠れ蓑にした、力の誇示だよ。俺はヒトを自殺させる権限があるというね。

 日本人にだって似たようなヤツがいるさ。憲法9条を守ろうなんて話をすると、敵が攻めてきたらどうするんだって声高に言うヤツがいるだろ?そういうヤツに限って裏で挑発して攻めさせようと画策したりするのさ。

 懲りていないんだよ。日本人はアメリカ人にヒトとして扱われなかったから、黄色いサルだと思われていたから、原爆を落とされたというのに。あれ最後に残ったのがドイツやイタリアだったら、原爆なんて落とさなかったぜ。

 なのにニンゲンをニンゲンとおもわず好戦的になる。自分が安全なところにいて、前線でヒトが死んだとしても、どっかの神社にまとめて祀っておけばことが済むと勘違いしている。闇鍋といっしょでむやみになにかしらツッコんでおけばいいと考えている。

 そういう意味で、精神銃そのものは今もないけど、モノのようにニンゲンを扱って同じニンゲンを殺させようとするヤツの精神はむしばまれているのさ。精神銃まがいのものに。

今日のところはこれまで。ごきげんよう。この呼吸が続く限り、俺は君の傍にいる。


 

 

 


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