読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

前衛アングラ芸人・きぐるいツネちゃん(明智半平太)のブログ「昭和50年代少年のKOTOBASM」

団塊ジュニア世代とも、悲劇の世代ともいわれる昭和48年生まれが管理する、昭和ノスタルジーといまを語るblog。僕たちが生きてきた証のことば。それはイズムそのものである。(明智半平太)

ジュリーがいた中野ブロードウェイ







 中野はもう数えきれないほど来たが、ブロードウェイははじめてだった。あの有名なまんだらけも中野ブロードウェイにあるというのは知っていたのだが、どこにあるのかは知らなくて、中に入ってここにあるのをはじめて知った。

 

f:id:hanpeita1973:20170115020731j:plain

 中野ブロードウェイは、昭和41年に開業。地下1階から4階までが商業施設。5階から最上階の10階までがマンションとなっている。50年の時を経て、紆余曲折があったであろうその商業スペースは、いろんな痕跡があった。

f:id:hanpeita1973:20170115020816j:plain


f:id:hanpeita1973:20170115020845j:plain


 ここがトークライブのあった中野440スタジオ。この前は泌尿器科の病院があったそうで、入ると病院独特のにおいが残っていた。幾多の性病に悩むヒトビトがここに通ったのであろう。その歴史のあらわれである。

f:id:hanpeita1973:20170115020913j:plain


f:id:hanpeita1973:20170115020957j:plain


 非常口を出ると、これまた昭和の香りただよう趣のある建物がみえる。右側にみえるのが、ブロードウェイの住居スペースで、なんとあの沢田研二や岸部一徳も住んでいたそうだ。グループサウンズで活躍した昭和40年代であろう。そのころは真新しい高級マンションだったにちがいない。当時にタイムスリップした気分になった。

 今日のところはこれまで。ごきげんよう。この呼吸が続く限り、僕は君の傍にいる。