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昭和50年代少年のKOTOBASM

団塊ジュニア世代とも、悲劇の世代ともいわれる昭和48年生まれが管理する、昭和ノスタルジーといまを語るblog。僕たちが生きてきた証のことば。それはイズムそのものである。(明智半平太)

僕は相対評価が嫌いなのだ







 自分が好きなものを自慢とかしたいときに、あるものを貶したりバカにしたりするヒトがいる。そういうヒトっていうのは、実は自分の好きなものを掘り下げる術がないから、相対評価をせざるをえないのではないか。

 ほんとうに好きならば、好きなものだけを語ればいいのに。それができないから好きじゃないんだろうとか、好きの度合いが足りないと言うつもりはない。ただ掘り下げる術を持っていない。それだけのことだ。

 ”田舎が好きだ。だから東京はダメだ。”ということにはならない。でもよくよく読んでいると、実はこのヒト田舎が好きというより、なにかわけあって東京が嫌いになって、そのアンチテーゼとして田舎を引きあいに出しているんじゃないかとおもうことがある。誰とはいわないけど。

 だからせっかく田舎に移住したのに、またほかのどこかの田舎がいいと褒めだしたりする。”いま住んでいるところは冬は寒いから、沖縄に行こう!”とか。それだったら、いま住んでいるところの寒さ対策を考えたほうがいいんじゃないか。そっちのほうがより田舎のよさを引きだせていいんじゃないかなって考えるのだが。

 今日のところはこれまで。ごきげんよう。この呼吸が続く限り、僕は君の傍にいる。