タフでなければ生きて行けない。優しくなれなければ生きている資格がない。

神様と死生観について

 もうこれについては43年間生きてきて、いつもぶち当たる問題なのであるが、最近は死後の世界というモノはないというスタンスに落ち着いた。もちろん結論ではなく、今後また変わるかもしれない。現時点ではそうだというハナシである。

 そういう風に考えると、いま生きているこの世の一瞬一瞬を大事にしなければと意識できるのである。そして死を迎えることの怖さも薄れていくのであった。死んで無になるのであれば、この現世において、死を恐れることも無になるということなのだから。となるとかえって生にたいする執着もわいてくる。

 宗教というものは、ヒトとヒトとのあいだに格差をつくる。天国と地獄の存在は、その最たるモノなのではないだろうか。自爆テロを実行すれば、死後天国に行けるとか、神様でもないニンゲンがいうなんて実におかしなことなのだ。じゃあなんであんたはヒトに自爆テロさせておいて現世に生きていようとするのかというハナシだ。

 もちろん宗教を信じるのはいいのだ。僕だって心の奥には神様の存在があるに違いないのだ。けれども”神様の教え”というのは、現世における生き方の規範なのである。決してジブンやヒトサマの生死を方向づけるものではない。

 今日のところはこれまで。ごきげんよう。この呼吸が続く限り、僕は君の傍にいる。